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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第十七章 灼熱の三頭竜

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第295話 混沌の顕現

 全てのワイバーンロードが地に墜ち、沈黙した。戦いが、終わったのだ。

 その事実が染み渡ると同時に、森の民から今度こそ本当の勝利を祝う、爆発的な大歓声が巻き起こった。


「やった……!」

「勝ったんだ……! 俺たちの森が、守られたんだ!」


 疲弊しきったエルフたちが互いに肩を抱き合い、涙ながらに勝利を分かち合う。

 その喧騒の中心で、俺は砕けた肋骨の激痛に耐えながら、どうにか身を起こした。


「カイン!」


 エルンとルナが、血相を変えて俺に駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか!? ひどい怪我を……!」


「カイン、死んじゃダメだよ!」


「……ああ、これくらい平気だ。骨が数本イカれただけだよ」


 俺は無理に笑みを作って見せた。


 エルンがすぐに俺の背中に手を当て、治癒魔法の詠唱を開始する。温かく清浄な光が俺の身体を包み込み、骨が軋む痛みがわずかに和らいでいった。


 レオナルドも、ヴィンドールも、そして森の民も、皆が安堵の表情を浮かべている。

 この森に、ようやく本当の平穏が戻ってきた。誰もがそう信じていた。だが、その歓喜と安堵に満ちた空気が、一瞬にして凍りついた。


 音などなかった。ただ、肌を刺すような冷たく、重い魔力の奔流が、唐突に戦場を支配したのだ。

 熱狂は波が引くように静まり返り、誰もが本能的な恐怖に足を止めた。

 その発生源である一体の竜の亡骸の上に、いつの間にか一人の男が立っていた。深いローブに身を包み、その顔には聖職者らしい穏やかな笑みすら浮かべている。


 筆頭神官、セイオン。


「……やれやれ。私の計算をこうも容易く狂わせるとは。君たちは本当に飽きさせないな」


 彼は、まるで盤上の駒が想定外の動きをしたのを眺めるかのように、心底つまらなそうにつぶやいた。

 その視線は、傷つき、魔力を使い果たした俺たちを、ゴミを見るような冷徹さで見下ろしていた。


「……セイオン……!」


 俺は怒りを込めて、その名を呼んだ。

 だが、セイオンはそんな俺の敵意など意にも介さず、ただその歪んだ思想を淡々とした声で語り始めた。


「賢者カインよ。君は実に素晴らしい働きをしてくれた。ヴァルディスを討ち、グロムを退け、分裂しかけた三国同盟をかつてないほど強固な絆で結びつけた。……それは、この世界にあまりにも大きな『調和』と『秩序』をもたらした」


 賞賛の言葉でありながら、そこには明らかな(さげす)みが含まれていた。


「だがね、行き過ぎた秩序は停滞を生む。停滞は緩やかな腐敗だ。世界の真の進化とは、破壊と創造、闘争と調和、その両極のダイナミズムの中にしか存在しないのだよ」


 セイオンは、演説するかのようにゆっくりと両手を広げた。


「君が世界をまとめ、バランスを『調和』に大きく傾けてしまった。だから、私がそれを是正する。この世界の天秤を再び釣り合わせるために。……最も歴史が古く、最も神聖で、そして、最も価値のあるこの森を『破壊』することで、世界のバランスを取らせてもらうとしよう」


 その傲慢さ。あまりにも冒涜的な、狂気の論理。

 自分を世界の調整者だとでも思っているのか。その言葉は命を賭して戦った者たちの誇りを完全に踏みにじるものだった。


「……ふざけるなッ!!」


 怒号と共に動いたのはレオナルドだった。彼の全身から、これまでにないほどの怒りの闘気が噴き上がる。


「貴様のような男に、この森の、エルフの誇りを語らせはしない!」


 彼は双剣を抜き放つと、疾風のごとき速さでセイオンへと肉薄した。竜さえも葬った達人の剣技。その刃がセイオンの首を捉えるまで、瞬きすら許さない刹那の攻防――のはずだった。


 だが、セイオンはその場から一歩も動かなかった。


「……野蛮だな」


 彼が静かにそうつぶやき、指を軽く弾いた。ただそれだけの動作。


 ドォンッ!


 セイオンの前に目に見えない絶対的な拒絶の壁が生まれた。レオナルドの渾身の斬撃はその壁に触れることすらできず、まるで巨大な鉄槌で殴りつけられたかのように、凄まじい勢いで後方へと弾き返された。


「がはっ……!?」


 受け身を取る余裕すらない。レオナルドの身体は砲弾のように森の大樹に激突し、幹をへし折りながら地面へと崩れ落ちた。その口から大量の血が吐き出され、ピクリとも動かない。


「レオナルド!」


 エルンの悲鳴が響く。

 一撃。あの歴戦の勇士レオナルドが、魔法ですらない、単なる魔力の衝撃だけで沈められたのだ。


 セイオンはその光景に何の感情も示さない。ただ、冷たい瞳で俺を見つめている。


「さあ、賢者カイン。君は、どうする? 調和の象徴としてここで死ぬか、それとも、新たな混沌の一部となるか」


 俺たちの本当の敵が、ついにその正体を現した。

 その圧倒的で理不尽な力の前に、森の民の歓声は再び絶望の悲鳴へと変わろうとしていた。

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