第294話 貫く蒼閃
「ウンディーヴァよ! この一閃に森の未来を乗せる! ――蒼閃!」
俺の手から放たれた極細の蒼き閃光が、天を穿つ。
仲間たちが作り出してくれた、唯一にして絶対的な好機。風の檻に囚われ、姿勢を制御できずに落下してくるワイバーンロード。その眉間、ただ一点を目掛けて、俺の全霊の一撃が突き進んだ。
時間の流れが、一瞬だけ引き延ばされたように感じられる。
超高圧の水の刃が竜の硬い鱗に触れた瞬間、抵抗などまるで存在しないかのように、その表皮を、骨を、脳を、静かに、そして速やかに貫通していった。
ギ……
断末魔の叫びすら上げることなく、ワイバーンロードの瞳から光が消える。
その巨体は生命活動を完全に停止させ、ただの巨大な肉塊となって森の大地へと墜落していった。
ズウウウウウウウウウウウウウンッ!!
森全体を揺るがす、二度目の轟音。
土煙が天高く舞い上がり、その衝撃だけで周囲の木々が根こそぎなぎ倒されていく。
「やった……!」
「二体目、撃破!」
森の民から、今度こそ勝利を確信したかのような、爆発的な歓声が上がった。
俺もまた、張り詰めていた糸が切れそうになり、安堵の息を吐こうとした。
だが、その一瞬の弛緩。それこそが、最後の敵が待ち望んでいた最高の好機だった。
ゴオオオオオオオオオッ!!
天から、仲間を討たれたことへの純粋な怒りと憎悪に満ちた、最後の咆哮が降り注いだ。
空に残された最後の一体のワイバーンロード。それは、俺が魔法を放ち、魔力を使い果たして無防備となった、まさにその瞬間を狙っていたのだ。
「カイン!」
エルンの悲鳴が響く。
竜の巨大な顎が開かれ、その奥に、これまでのどの攻撃とも比較にならない、最大出力のブレスの光が収束していく。狙いはただ一点、この俺だ。
「させないよっ!」
その絶望的な光景を前にして、最初に動いたのはルナだった。
彼女の身体から、再び火の精霊プロミネンスの力が黄金の炎となって噴き上がる。
「カインは、ルナが守るんだから! ――灼熱の壁!」
俺の前に、太陽の表面を切り取ったかのような、灼熱の炎の壁が出現する。
だが、最強の個体が放つ死力のブレスは、その守りすらも上回った。灼熱の奔流が炎の壁に激突し、二つの巨大な力が拮抗する。凄まじいエネルギーの衝突が周囲の大気を歪ませ、空間そのものが悲鳴を上げているようだった。
「くっ……!」
ルナの小さな身体がその反動に耐えきれず、後方へと吹き飛ばされる。炎の壁が、砕け散った。
減衰しながらも殺意を失っていないブレスの残滓が壁を突き抜け、俺へと殺到する。
(――避けられない!)
仲間を庇う、その選択肢すらない。俺は咄嗟に背を向けた。ドワーフの都で手に入れた、竜の素材から作られた深紅のマント。その絶対的な耐火性に全てを賭ける。
ドゴォッ!!
背後から巨大な鉄槌で突き飛ばされたかのような、凄まじい衝撃。
俺の身体は地面に叩きつけられ、強烈な圧で肺から空気が強制的に吐きだされる。
深紅のマントは炎や熱を完全に防いだが、純粋な運動エネルギーの衝撃までは殺しきれなかったのだ。肋骨が数本、砕ける鈍い感触が身体の内側に響いた。
「カイン!!」
エルンの絶叫が、戦場に虚しく響き渡る。
俺が苦痛に顔を歪ませながらも、震える手で地面を掴む。まだだ、まだ意識はある。
三体目のワイバーンは最大の脅威である俺を確実に仕留めるため、その巨体をゆっくりと地上に降ろした。その影が、絶望の象徴のように俺を覆い尽くす。
グルルゥ……
竜が嘲笑うかのように喉を鳴らす。
だが、奴は自らの最大の過ちに気づいていなかった。地に降り立ったことで――俺という囮 (えさ)に食いついたことで、格好の的となったことに。
俺は血のにじむ口元で、ニヤリと笑った。
「今だ……やれっ!」
「承知!」
エルンとヴィンドール。二人の術者の詠唱が完璧なタイミングで重なり合った。
彼らは俺がブレスを耐え抜くと信じ、詠唱を完成させて待っていたのだ。
「雷の精霊ラミエルよ、彼の者を戒めよ! ――雷神の枷!」
「光の精霊イルディアよ、終わりの光で全てを灰塵へ! ――終光!」
ドォンッ!!
天から降り注いだ極太の雷の槍が、ワイバーンの巨体を地に縫いつけ、神経を焼き切って麻痺させる。そして、間髪入れずに放たれた不可視の極光が、その身動きの取れない巨体を飲み込んだ。
カッッッ――――!!
音もなく死を与える、光魔法の究極系。それは対象を内側から焼き尽くす浄化の奔流。
「ギ……シャ……ア……」
最後の咆哮を上げることもできず、三体目のワイバーンロードはその場に崩れ落ち、燃え盛る炎の中で絶命した。
「……やった……」
「……勝った、のか……」
誰かのつぶやきを皮切りに、森の民から、今度こそ本当の勝利を祝う大歓声が巻き起こった。
***
その光景を森の奥深く、一本の大樹の影から、静かに観察している者がいた。
筆頭神官、セイオン。
彼は、ここまで不利な状況を覆し、三体の竜王を討ち果たしたカインたちの戦いぶりに、初めて苛立ちをにじませていた。
「……なるほど。駒を用意するだけでは、盤上を完璧に支配することはできんか。実に、興味深い」
彼は、燃え落ちる竜の痕跡と、歓喜に沸く森の民、そして、傷つきながらも仲間と肩を貸し合うカインの姿を冷ややかな目で見つめた。
「君は、私が思っていた以上に、この世界を『繋いで』しまうようだ。……ならば」
セイオンの口元に、冷たい、絶対的な支配者の笑みが浮かぶ。
「この森の破壊は、この私自身が、直接行うべきかもしれないな」
英雄たちの勝利の裏で、真の混沌が、静かに、しかし確実にその牙を剥こうとしていた。




