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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第十七章 灼熱の三頭竜

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第293話 風の檻、蒼き閃光

 戦場の中央で、ルナは黄金の炎の残滓(ざんし)をその身にまといながら静かに立っていた。

 彼女の一撃は劇的に戦況を変えた。

 深手を負った一体のワイバーンロードは苦しげに高度を上げ、もう一体と合流すると、距離を取って上空を旋回し始めた。その動きには先ほどまでの圧倒的な捕食者の余裕はなく、明らかな警戒と底知れぬ恐怖がにじんでいた。


「……やったの?」


 呆然とつぶやいたエルンの声に、森の民も我に返る。

 一拍の静寂の後、大地を揺るがすほどの歓声が再び森中に響き渡った。


「す、すごい……!」

「あの子が、竜を退けたぞ!」

「賢者様のご一行は、化け物揃いか……!」


 だが、その熱狂の中心で、俺は冷静に空を睨み続けていた。


「まだだ。戦いは終わっていない」


 俺の言葉に仲間たちの顔が引き締まる。

 その時、森の奥からレオナルドとヴィンドールが、それぞれの部隊を率いて駆けつけてきた。彼らは地に墜ちた一体目の竜を完全に沈黙させ、即座にこちらの戦場へと合流したのだ。


「カイン! 無事か!」


 レオナルドが、ルナの放った魔法の痕跡――未だに熱を帯びて陽炎のように揺らめく大気――に目を見張りながら叫ぶ。


「ああ、なんとかな。だが、見ての通り戦況は膠着している」


 残る二体の竜はルナの未知なる力を警戒し、不用意に降下してこない。

 かといって、あそこまで高度をとられると、こちらから有効打を与える手段も限られる。

 時間だけが、張り詰めた空気の中を過ぎていく。


「このままでは、ジリ貧になるだけだ」


 俺は即座に決断を下し、指揮官として再び戦場の中心に立った。


「作戦を変更する。全員、俺の指示を聞いてくれ!」


 ミラネ率いる回復部隊が負傷者を後方へ運び、前線にはレオナルド、ヴィンドール、そしてエルンが率いる魔法部隊が再集結する。


「俺の魔法なら、ワイバーンの鱗ごと心臓を貫ける。だが、射程と精度の問題で、高速で飛び回る敵を空中で撃ち抜くのは至難の業だ。外せば警戒されて二度とチャンスはない。だから――」


 俺はエルンとヴィンドールの二人に向き直った。


「魔法部隊の総力を挙げて、敵の動きを封じてほしい。攻撃魔法はいらない。ただひたすらに、風の魔法で奴らの翼を縛り、飛翔の自由を奪うんだ! 空を飛ぶことさえできなければ、奴らはただの的になる!」


「風の檻を作る、ということですね」


 エルンが俺の意図を瞬時に理解し、杖を握りしめる。


「うむ。賢者の発想、理に(かな)っている。我らエルフの風使いの神髄、見せてくれよう」


 ヴィンドールもまた、その老練な瞳に闘志を宿らせ、力強くうなずいた。


「魔法部隊、全魔力を結集せよ! 目標は、手負いのワイバーン! 賢者に道を拓くぞ!」


 ヴィンドールの号令一下、エルンを含む十数名の精鋭魔術師たちが、一斉に詠唱を開始した。

 彼らの杖から放たれた風の魔力が、目に見えない巨大な奔流となって空へと舞い上がる。

 それは単純な衝撃波ではない。大気の流れそのものを支配し、一つの巨大な「乱気流」を作り出すための、緻密な連携魔法だった。


「行けっ!」


 エルンが杖を振り下ろすと、不可視の暴風が深手を負ったワイバーンロードへと襲いかかった。

 竜は逃れようと翼を羽ばたかせるが、その動きは逆巻く気流によって完全に阻害される。右へ逃げようとすれば左から突風が吹き戻し、上昇しようとすれば上空から強烈なダウンバーストが叩きつけられる。


「ギシャアアアアッ!」


「逃がすかぁっ!」


 ヴィンドールが叫び、魔力をさらに注ぎ込む。竜の周囲の大気がまるで鋼鉄の檻のように凝固していく。

 怒りの咆哮を上げながらも、竜の巨体はもはや風の檻の中でもがく、一匹の虫に過ぎなかった。揚力を奪われ、翼を押さえつけられた竜が空中で姿勢を崩す。


「見事だ……。これぞ、エルフの真骨頂」


「ルナ! 今だ!」


 俺の叫びに、ルナが再びその瞳を金色に輝かせた。


「うん! カイン、あいつ、三つ数えたら、下に落ちる!」


 風の檻に囚われ、体力を削られた竜が、ついに翼の維持を諦める。

 ルナの未来予測通り、巨体はきりもみ回転しながら失速し、重力に従って地上へと吸い込まれ始めた。


 その、あまりにも無防備な落下軌道。戦況を見極めていた俺の目に確かな「死の線」が見えた。


「――終わりだ」


 俺は魔力を練り上げ、ただ一点へと収束させていく。

 仲間たちが作り出してくれた、唯一にして絶対的な好機。それを俺が外すわけにはいかない。


「ウンディーヴァよ! この一閃に森の未来を乗せる! ――蒼閃(そうせん)!」


 俺の手の中で極限まで圧縮された蒼き閃光が爆ぜた。

 それは、この長い戦いに終止符を打つべく放たれた、必殺の一撃だった。

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