第291話 地に墜ちた翼
ズウウウゥゥン……!
森を揺るがす轟音が響き渡った。片翼を砕かれたワイバーンロードが、巨木を薙ぎ倒しながら大地に激突し、その衝撃で土煙が天高く舞い上がる。
「一体墜としたわ!」
指揮所のミラネから歓喜の声が上がる。だが、戦いはまだ終わっていない。空には仲間を討たれ怒りに燃える二つの影が、今まさにこちらへと向き直ろうとしていた。
「追撃するぞ!」
俺は即座に次の指示を飛ばした。
「レオナルド、ヴィンドール! 地上部隊を率いて、地に墜ちた翼を完全に叩け!」
「承知した!」
二人は即座に呼応する。レオナルドは森の戦士たちをまとめ上げ、ヴィンドールも数名の熟練魔術師に号令をかけた。地の利を知り尽くした彼らは、墜落地点へと続く最短の獣道を、風のように駆け抜けていった。
「エルン、ルナ! 俺たちは上空の二体を引きつける! 奴らを地上部隊に行かせるな!」
「はいっ!」
「任せてっ!」
俺たちは空を見据え、次なる戦いに備える。戦場は空と地に二分された。
***
墜落現場では、負傷したワイバーンロードがもがき苦しんでいた。
その巨体は起き上がろうと身をよじるが、砕かれた翼が言うことを聞かず、ただ無様に地面を掻くだけだ。だが、その金色の瞳に宿る殺意は衰えておらず、口からは灼熱のブレスの残滓が黒い煙となって漏れ出ている。
「ギシャアアアアアッ!」
怒りの咆哮が森を震わせる。
手負いのワイバーンロード、その巨体が再び力を取り戻そうとした、その瞬間、森が動いた。
「精霊よ、我らが願いを聞き届けよ! 猛る獣の四肢を絡めとれ!」
ヴィンドールの朗々とした詠唱が響き渡る。
その声に応え、ワイバーンの足元の大地が裂け、そこから幾重もの太い蔦が、まるで生きている大蛇のように飛び出した。蔦は竜の足や無事だった方の翼に瞬く間に絡みつき、その動きを強引に地面へと縫い付けていく。
「今だ! 霧を!」
ヴィンドールの指示に、同行していた魔術師たちが杖を掲げる。周囲の木々から濃密な霧が発生し、ワイバーンの視界を完全に覆い尽くした。方向感覚を失った竜は闇雲に首を振り回し、混乱したように咆哮を繰り返す。
地の利を最大限に活かした、エルフならではの戦術。森そのものが侵略者に対する牙となったのだ。 そして、その牙の切っ先となる男が動き出す。
「怯むな! 奴はもはや地に這うだけのトカゲ! 我ら森の守護者の力を見せてやれ!」
レオナルドが馬から飛び降り、その両手にドワーフの都で鍛え直された二対の牙――剛剣を抜き放つ。
彼の後に続き、剣や槍を手にした戦士たちが一斉に木々の間から躍り出た。
「散開! 懐に潜り込み、関節を狙え!」
レオナルドの的確な指示のもと、戦士たちは竜の巨体に張り付くように接近し、硬い鱗の隙間を狙って的確に刃を叩き込んでいく。
「グオオオオオッ!」
無数の刃が肉を裂く痛みに、ワイバーンが暴れ狂う。その巨大な尻尾が薙ぎ払われ、数人の戦士がまるで木の葉のように吹き飛ばされた。
「退くな! 回復部隊がすぐに来る!」
レオナルドは叫びながら、自らも死地である竜の懐へと飛び込んだ。
彼は振り下ろされる巨大な爪を紙一重でかわすと、その勢いを利用して竜の腕を駆け上がり、無防備になった首の付け根へ肉薄する。
だが、ワイバーンロードの生命力は尋常ではなかった。致命傷に近い傷を負いながらも、その巨大な顎をかっと開き、至近距離にいるレオナルドを喰らわんと迫る。
「させん!」
その時、戦場に雷鳴が轟いた。ヴィンドールが切り札を切ったのだ。
「雷の精霊ラミエルよ、我が魔力を糧とし彼の者を戒めよ! ――雷神の枷!」
ドォンッ!!
天から降り注いだ紫電の槍がワイバーンの脳天を貫き、その神経を焼き切る。全身が激しく痙攣し、レオナルドを噛み砕こうとしていた顎が、ぴたりと止まった。
その、ほんの一瞬の好機。レオナルドは、それを見逃さなかった。
「終わりだ」
彼は麻痺した竜の首元で、その身を翻す。
交差した二振りの剣が森に差す木漏れ日を反射し、美しい円弧を描いた。
ザンッ――!
風を切る音と共に、鋼鉄よりも硬いとされる竜の鱗ごと、その太い首がいとも容易く切断された。
ズシン、と。
首を失った巨体が大地を揺らし、完全に沈黙する。
噴き出す血煙の中、レオナルドは静かに剣を振るい、刀身についた脂を払った。
「……一体、討ち取ったり」
その低く響く声に応えるかのように、森の奥から割れんばかりの歓声が沸き起こった。だが、レオナルドは気を抜くことなく空を見上げた。そこには仲間を討たれ、怒りに燃える二つの影が、荒々しく咆哮を上げている。
戦いはまだ終わっていない。




