第289話 炎に沈む森
天が、三つの巨大な影に覆われた。
エルフェンリートの森の上空に到達したワイバーンロードたちは、威圧するようにその翼を広げ、黒鉄の鱗に陽光を鈍く反射させている。眼下に広がる緑の海を、まるで獲物として値踏みするかのような、冷酷な眼差しで見下ろしていた。
「――今よ! 総員、結界を展開!」
ミラネの凛とした声が、大樹の麓に設置された臨時指揮所から森全体へと響き渡る。
その号令を合図に、森の各地に配置された魔術師たちが、一斉に杖を天に掲げた。彼らの足元から淡い光の紋様が広がり、木々の根を伝い、大樹の枝を駆け巡る。森全体に張り巡らせられた古の防衛術式。それが、民の祈りと魔力を受けて、巨大な翠色のドームとなって森の上空を覆い尽くした。
「持ち堪えて……!」
ミラネは指揮所の最上階から、きらめく結界を見上げた。
この結界を展開し続ける理由は三つ。
第一に、罪のない民が地下の聖域へ避難する時間を稼ぐため。
第二に、ヴィンドールが指揮する数少ない戦士たちが、対空用の弩や罠の準備を整えるため。
そして何より――賢者カインが必ず帰還するという報せを信じ、その時まで、この故郷を守り抜くためである。
その決意を嘲笑うかのように、天から炎が降り注いだ。
ゴオオオオオッ!!
一体のワイバーンロードが吐き出した灼熱のブレスが、結界の頂点に激突し、爆音と共に炸裂する。
翠色のドームが激しくきしみ、魔力を注ぎ続ける魔術師たちの顔に苦悶の色が浮かんだ。
「まだだ! 回復薬の使用はわしが合図するまで待て! 今は手にした魔石から力を引き出し、結界の歪みが最も大きい一点に集中させろ! この波さえ乗り切れば、必ず勝機はある!」
ヴィンドールが最前線で杖を突き、的確な指示を飛ばす。その声は、かつての傲慢な長老のものではなく、森の全てを知り尽くした者として、民を勝利へ導かんとする魂の叫びだった。
だが、ワイバーンたちの猛攻は執拗かつ連携が取れていた。
一体がブレスを放てば、もう一体が雷撃を叩きつけ、残る一体がその巨大な爪で結界を物理的に引き裂こうとする。
防戦一方。魔術師たちの魔力はみるみるうちに削られていき、結界の輝きは目に見えて弱まっていく。
ミシミシ……パリンッ!
不吉な音が響き、ついに結界の数カ所に蜘蛛の巣のような亀裂が走った。
「……もう、もたない……!」
一人の若い魔術師が限界を迎え膝から崩れ落ちる。
その亀裂から漏れ出した竜の威圧感と熱風が、民の心に絶望の影を落とした。
結界が砕け、森の最期を覚悟した――その瞬間だった。
ヒュオオオオオオッ!!
地平線の彼方から、風を切る音と共に四つの影が、凄まじい速度で戦場へと突入してきた。
「な……!?」
ミラネが、信じられないといったように目を見開く。
その先頭を駆けるのは、見間違えるはずもない。水の魔力をその身にまとい、怒りと決意に燃える瞳で空を睨みつける、賢者カインの姿だった。
「間に合った……!」
カインは馬上で天を舞うワイバーンロードを睨みつけ、叫んだ。
「――よくも、俺たちの故郷を!」
その声は森の民にとって、何よりも力強い希望の光となった。
絶望に沈みかけていた戦場に反撃の狼煙が上がろうとしていた。




