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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第十六章 生命の理と世界の天秤

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第286話 神授の指揮官、百閃の剣

 アーカイメリアの中央広場は制御を失った殺意の渦の中心だった。

 都市の防衛システムであったはずの自律駆動ゴーレムたちが、その水晶の瞳を赤く明滅させ、津波のように俺たち連合調査団へと押し寄せてくる。


「くそっ、数が多すぎる! このままでは押し切られるぞ!」


 ドワーフの屈強な戦士が、重い盾でゴーレムの剛腕を受け止めながら、悲鳴に近い声を上げた。


 残された兵力は二十数名。個々の戦闘力は高いが、恐怖も疲れも知らない機械兵団の物量を前に、戦線は今まさに崩壊寸前だった。

 その絶望的な光景をカズエルはただ一点、冷徹なまでに静かな瞳で見据えていた。

 彼の脳内で、戦場は数値と予測線で構成された盤面へと変換される。


「全隊、聞け! これより、作戦を『迎撃』から『生存』へと移行する!」


 彼の声が、戦場の喧騒を鋭く切り裂いた。


「無理に敵を倒すな! 消耗を避け、守りに徹しろ!」


 カズエルは即座に懐の魔道具を起動し、市外で待機する本隊へ信号を送る。

 それと同時に、彼は大気中に漂う魔力素へと意識を接続した。周囲の魔力流に干渉し、それを極限まで薄く広げるための理式(りしき)を空間に展開した。


「――認識阻害障壁(インビジブル・ミスト)、展開!」


 カズエルの周囲の空間が陽炎のように揺らめいた。

 それは物理的な壁ではない。ゴーレムたちの視覚・魔力センサーに微細なエラー信号を送り込み、カズエルたちを「優先攻撃対象」から外させる、低コストかつ極めて実戦的な撹乱術式だった。

 ゴーレムたちの動きが明らかに鈍り、標的を見失ったかのように周囲の壁を殴り始める。


「今のうちに、敵の情報を頭に叩き込むんだ!」


 カズエルは生じたわずかな隙を見逃さず、兵士たちに「攻略法」を伝達する。


「奴らの装甲は硬いが、関節駆動部は剥き出しだ! 破壊ではなく、機動力を削ぐことを最優先しろ! 動力核は頭部か胸部! そこを一点集中で狙え!」


 的確すぎる指示が、絶望に沈みかけていた兵士たちの瞳に理性の光を取り戻させる。

 彼らは三国から選りすぐられた精鋭たちだ。何をすべきか理解すれば、その動きは劇的に変わる。ドワーフの戦斧が関節を砕き、エルフの矢が正確に核を射抜く。戦線が持ち直した。


 そして、その時を待っていたかのように――。


 ドォォォォン!!


 都市の南門が凄まじい轟音と共に内側へ弾け飛んだ。

 砂煙の中から現れたのは金獅子の旗を掲げたロルディア騎士団と、鋼鉄のドワーフ重装兵団。


「待たせたな! これより加勢する!」


「よし、合流だ!」


 カズエルは眼鏡の位置を直し、ついに反撃の狼煙(のろし)を上げた。


「これより我々は敵中枢への道を切り開く! セリス! 先鋒を頼む!」


「お任せを!」


 カズエルは前に出るセリスの背中に向かって、惜しむことなく強化理式を行使する。


「――天恵変換(エーテルチャージ)! 身体能力、反応速度、全リミッター解除!」


 尽きることのない魔力をその身に宿したセリスは、もはや一人の剣士ではなかった。

 彼女は連合軍の先頭に立ち、ゴーレムの群れへ単身突っ込んでいく。

 放たれる岩石のつぶて、魔力の光線。だが彼女は避けない。左腕に装備した『竜鱗の盾』を前にかざすだけだ。


 ガガガガッ!


 あらゆる衝撃が盾に触れた瞬間に霧散する。マグナ・イグニスの素材とドワーフの技術が生んだ、絶対防御。


「はあああっ!」


 そして、愛剣『風哭ふうこく』が閃く。

 一振りで三閃。神速の連撃がゴーレムの硬い装甲を紙のように切り裂き、核を粉砕していく。その姿は戦場の死神か、あるいは舞い踊る戦乙女か。


「すげぇ……」

「あれが、竜を倒した英雄の剣……!」


 兵士たちはその圧倒的な姿に鼓舞され、彼女が切り開いた道へと一斉になだれ込んでいった。

 やがて、カズエルたちは都市の動力源である巨大な魔力炉の前へとたどり着いた。

 だが、その前には、一体のひときわ巨大な黒い装甲を持つゴーレムが静かに立ちはだかっていた。


 マスターゴーレム。この区画全ての防衛システムを統括する最強の番人だ。


「……セリス!」


「はい!」


 セリスがマスターゴーレムへと踏み込む。

 だが、番人の反応速度は桁外れだった。予測不能な角度から、巨大な腕がセリスを薙ぎ払う。


「くっ……!?」


 セリスは咄嗟に盾で受け止めるが、桁違いの質量に身体ごと吹き飛ばされる。壁に激突する――誰もがそう思い、息を呑んだ瞬間。


 キィィィィン!


 セリスの左手の薬指にはめられた指輪が眩い光を放った。

 かつてカズエルが彼女に贈った、守護の理式を込めた指輪。それが自動発動し、彼女の身体を柔らかな、しかし強固な光のクッションで包み込んだのだ。


「……ッ、指輪が……!」


 無傷で着地したセリスが、指輪を握りしめる。


 カズエルはニヤリと笑った。


「3秒、稼いだ。解析完了だ」


 彼はその一瞬の攻防で、マスターゴーレムの構造を看破していた。


「セリス、奴の弱点は右肩の動力伝達部だ! そこに全力を叩き込め! ――理式・過負荷(オーバーロード)!」


 カズエルの指先から放たれた紫電がゴーレムの右肩に直撃し、見えない負荷をかける。一瞬、敵の動きが完全にフリーズした。


 セリスはその好機を逃さない。風を纏い、地を蹴る。


「これで、終わりです!」


 閃光一閃。

 彼女の渾身の一撃が右肩の装甲を貫き、内部の動力核を正確に両断した。

 ズズズン……と、地響きを立てて巨体が崩れ落ちる。

 マスターゴーレムの機能停止と共に、周囲の雑兵ゴーレムたちも糸が切れたように動かなくなった。


 静寂が戻った魔力炉の前で、セリスが剣を納め、カズエルへと振り返る。

 二人の英雄の完璧な連携によって、『学術都市(アーカイメリア)』の制圧は成されたのだった。

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