第284話 知の都の制圧
三国連合軍はアーカイメリアの国境付近にその陣を構えた。
ロルディアの騎士、グラムベルクの重装兵、エルフェンリートのレンジャー、総勢三百。
その威容は沈黙を守る学術都市に対する静かな、しかし強烈な圧力となっていた。
そして、俺たち六人を含む、各種族の精鋭で構成された三十名の「連合調査団」が、代表として都市へと向かうことになった。
アーカイメリアの正門では、以前と同じ二人の門番が、感情の読めない目で俺たちを迎えた。
「――連合調査団、御一行様。通行を許可します」
俺たちが門をくぐると、その先で一体の案内役のゴーレムが待っていた。その合成音声が平坦な響きで告げる。
「――賢人会議の決定に基づき、皆様を筆頭神官セイオン様の主要施設へと、ご案内いたします」
俺たちはそのゴーレムに導かれ、完璧な秩序に支配された白亜の都市へと足を踏み入れた。
道中、すれ違う神官たちは俺たちに一瞥をくれるだけで、自らの思索を中断しようとはしない。
だが、その無関心な視線の奥に、俺たちを観察する冷たい光が宿っているのを俺は見逃さなかった。
まるで、これから檻に入れられる実験動物を見るかのような目だ。
都市の中央広場に差し掛かった、その時だった。案内役のゴーレムが、ぴたり、と足を止めた。
「――これより、歓迎の儀を、開始いたします」
その言葉が、全ての合図だった。
ウゥゥゥゥゥゥッ!!
都市全体に耳をつんざくような甲高い警報が鳴り響く。
次の瞬間、俺たちの周囲にいた全てのゴーレム――街路の警備をしていたもの、施設の門番をしていたもの、その全てが、一斉にその水晶の瞳を禍々しい赤い光に変貌させた。
「敵性存在を確認。これより排除モードに移行します」
無機質な音声と共に、ゴーレムたちが俺たち調査団、そして、周囲にいた一般の神官たちにまで、無差別に襲いかかってきた。
悲鳴と怒号。静寂の都は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと塗り替えられた。
「くそっ! 奴は何を考えているんだ!」
レオナルドが、押し寄せるゴーレムの群れを前に双剣を抜き放つ。
さらに、都市で最も高い三本の塔。その頂上が、まるで蕾が開くかのように裂け、中から三体の巨大な影が、その翼を広げた。
「ワイバーンロード……! それも、三体……!」
エルンが絶望的な声でつぶやいた。
一体でさえ国を滅ぼしかねない竜が三体。だが、その三体の竜は眼下の混乱には目もくれない。甲高い咆哮を一つ上げると、それぞれが、まるで示し合わせたかのように、空の異なる方角へと、瞬く間に飛び去っていった。
ゴーレムの攻撃をいなしながら、カズエルが叫ぶ。
「本当に無差別だ! 都市の住人も、俺たちも、区別なく攻撃している! この混乱、まるで都市そのものを廃棄しようとしているかのようだ!」
その時だった。ルナが、ぴたり、と動きを止めた。
彼女は飛び去った竜の気配が消えた空を、じっと見据えている。
彼女の脳裏に、まるで水晶に映したかのような、鮮明で残酷な光景が流れ込んできた。
ワイバーンが空を飛び交い、家屋が炎に包まれ、逃げ惑うエルフたち。黒い煙を上げる、愛すべき森の姿だ。
彼女は目を見開き、悲痛な叫びを上げた。
「カイン! エルン! 大変! 今、はっきりと見えた! あの竜たち……森を、エルフェンリートを焼き尽くすつもり!」
その必死の形相と、揺るがぬ確信に満ちた瞳。この瞳は以前にも見た事がある。
そう、『星読の力』だ。その予知は今、俺に残酷な現実を突きつけている。
(どうする……!)
俺の思考が、高速で回転する。
目の前では、仲間たちが暴走するゴーレムと死闘を繰り広げている。総指揮官として、俺はこの場を放棄するわけにはいかない。調査団の仲間たちを見捨てることなど、断じてできない。
だが、ルナが言葉が、燃え盛る森の光景が、頭から離れない。
森の民が、ようやく一つになった、あの故郷が。俺たちが帰るべき、あの穏やかな場所が、今、無慈悲な炎に包まれようとしている。
(この場を放棄すれば、俺はリーダー失格だ。だが、森を見捨てれば、俺は……俺自身でいられなくなる……!)
どちらを選んでも、待っているのは地獄。
セイオンは、俺にこの究極の選択を突きつけているのだ。どちらを救い、どちらを見捨てるのか、と。
俺は唇を強く噛みしめ、血の味と共に迷いを断ち切った。そして、この混沌の中で、最も苦しく、そして最も無謀な決断を下す。
「――部隊を、二つに分ける!」
俺の声が混沌とした戦場に響き渡った。剣を振るいながら、俺は叫ぶ。
「カズエル! この場の全てを、お前に任せる! セリスと共に残りの兵を率いて、この都市のゴーレムを鎮圧し、都市の調査を続けてくれ!」
「カイン!? お前は……!」
「俺は、エルンとルナ、レオナルドを連れて森へ向かう! ワイバーンロードは森を狙っているんだ。俺たちが、必ず止める!」
それは、あまりにも無謀な決断だった。
敵地アーカイメリアの制圧という難題を親友に押し付け、俺たちはたった四人で、伝説級の魔獣三体と対峙しに行くというのだ。
「……無茶だ。だが、もう決めたんだな」
カズエルは、一瞬だけ、苦渋に顔を歪ませたが、すぐに参謀としての冷静さを取り戻し、力強くうなずいた。
「……分かった。ここは任せろ。セリスと俺がいれば、戦線は維持できる。必ず、持ちこたえてみせる。だから、お前も……」
彼は親友として、そして同じ世界から来た戦友として、俺を見つめた。
「……絶対に、死ぬなよ、竹内」
その懐かしい響きに、俺はニヤリと笑った。
「ああ、無双するって約束だ。お前も守れよな、松尾」
俺は、エルンとルナ、レオナルドを伴い、暴走するゴーレムの群れを駆け抜ける。
カズエルとセリスが、俺たちのためにその道を切り開いてくれた。
背後で仲間たちが奮闘する音と、爆発音が遠ざかっていく。
俺は一度も振り返らなかった。ただ、故郷を救うため、そして友との誓いを果たすため、森へとひた走る。
二つに分かれた英雄たち。
それぞれの場所で、それぞれの絶望的な戦いが、今、始まろうとしていた。




