第282話 不在の神官、開かれた扉
『学術都市』からの使者が訪れたという報せに、エルフェンリートの森の議事堂は、再び、三国の代表者たちが集う緊張の舞台となった。
議事堂に現れたのは、アーカイメリアの法衣をまとった一人の高官だった。
無機質な銀縁眼鏡をかけ、感情の読めない瞳をしたその男は、俺たち三国同盟の代表者を前にしても動じることなく、恭しく一礼した。
「三国同盟の代表者様方。賢人会議より、貴殿らの要求に対する正式な回答をお持ちしました」
議事堂の空気が張り詰める。
カズエルが眼鏡の奥の瞳を細め、ドランが腕組みをして鼻を鳴らす。俺は静かに先を促した。
「聞こう」
使者は羊皮紙を広げ、淡々とした口調で読み上げ始めた。
「まず、筆頭神官セイオンの身柄引き渡し要求について。我々は応じることができない」
予想通りの回答に、議場から落胆と憤りの声が漏れる。だが、使者はその声を遮るように言葉を続けた。
「理由は拒絶ではありません。不在です。彼は長きにわたる研究の旅に出ており、我々にも、その行方を知ることができないのです」
「不在だと……? ふざけたことを!」
レオナルドが怒りを押し殺した低い声で吐き捨てる。
誰の目にも、それが、見え透いた言い訳であることは明らかだった。だが、使者は、そんな俺たちの反応など意にも介さず、淡々と次の言葉を紡いだ。
「……だが、賢人会議は三国同盟が抱く懸念を、深く、そして重く受け止めている。よって、我々は貴殿らとの無用な争いを避けるため、特例措置を決定した」
使者は一度言葉を切り、俺たちの顔をゆっくりと見回した。
「筆頭神官セイオンが所有、あるいは管理する全ての施設に対する『調査権』を三国同盟に委譲します」
その提案に議場は静まり返った。
拒絶どころか、最も秘密にされていた場所への招待状。あまりにも話が出来すぎている。
議場がざわめく中、俺は片手を上げてそれを制し、使者を真っ直ぐに見据えた。
「……申し出は理解した。だが、これは我々の一存だけで即決できることではない。同盟内で協議し、正式な回答は後ほど通達する」
使者は、まるで俺たちの反応すら想定内であるかのように、表情一つ変えずにうなずいた。
「承知いたしました。賢明なご判断をお待ちしております」
彼は再び恭しく一礼すると、踵を返し、足音一つ立てずに議事堂を後にした。
重い扉が閉ざされる音が、静寂を取り戻した議場に響く。
使者が退室した後、俺たちは緊急の軍議を開いた。
「明らかに罠ですな」
ドランが吐き捨てるように言った。
「奴は俺たちがこの提案を断れないことを知っている。そして、自らの庭に俺たちを招き入れ、その上で完璧に叩き潰すつもりだ。……これはセイオンからの、悪趣味で傲慢な挑戦状だ」
カズエルが俺の隣で確信を込めて言い放った。
「……どうする、カイン殿」
ロルディアの騎士団長が、俺に同盟の総意を問うように視線を向ける。
俺は一度、固く目を閉じた。そして、ゆっくりと、その目を開いた。
「……この挑戦、受けて立ちましょう」
俺の声は自分でも驚くほど静かだった。だが、その奥には決して揺らぐことのない闘志の炎が確かに宿っていた。
「奴が扉を開けて待っているというのなら、堂々とその中へ入ってやるまでだ。そして、奴の庭で奴の秘密を根こそぎ暴き出し、その傲慢な鼻をへし折ってやる」
俺の宣言を聞いた仲間たちの瞳に強い光が宿った。そうだ、俺たちはもう迷わない。
『混沌の使徒』が仕掛けた、この理不尽なゲーム。そのルールの上で、俺たちは俺たちのやり方で勝利を掴み取るのだ。
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次なる目的地は決まった。再び、あの偽りの叡智の巣窟、アーカイメリアへ。
今度は招待客として、俺たちはその心臓部へと乗り込む。




