第281話 静寂の中の同盟
エルフェンリートの森の議事堂はかつてないほどの緊張と、そして確かな結束の熱気に満ちていた。
円卓を囲むのは、この世界の命運を握る三つの勢力の代表者たち。
ロルディア王国からは、レオンハルト王の全権代理として、筆頭騎士団長が。
ドワーフ王国グラムベルクからは、鍛冶王バルグラスの最も信頼する腹心、ギルドマスター代理のドラン・ブレイザーが。
そして、エルフの森を代表してこの場に立つのは、賢者カイン――俺だ。
ヴィンドールの告白と謝罪により、森の内部対立は終結した。かつて彼に従っていた者たちも、今は指導者の過ちを受け入れ、森の平穏のために力を尽くすことを誓っている。
その光景を、ヴィンドール本人は長老席ではなく、一介の顧問として、静かに、しかし憑き物が落ちたような安らかな表情で見守っていた。
俺は集まった代表者たちを見回し、力強く口火を切った。
「遠路はるばる集まっていただいたことに心から感謝する。我々が今、向き合っている敵は、一つの国、一つの種族で対処できる相手ではない。世界の理そのものを弄び、我々を内側から崩壊させようとする、見えざる『混沌』だ」
俺はこれまでの旅で明らかになった『混沌の使徒』と筆頭神官セイオンの存在、そしてその悪意に満ちた思想を、包み隠さず二人の代表に伝えた。王族の洗脳、禁断の兵器技術の供与、そして魔族領での実験。すべてが繋がっていることを。
話を聞き終えたロルディアの騎士団長は固く拳を握りしめた。
「……アーレスト元王子がそのような術中にあったとは……。断じて許しがたい。レオンハルト陛下も、必ずやセイオンの罪を問うことをお望みになるだろう」
ドランもまた、その立派な髭を震わせ、怒りを露わにした。
「我らが誇るべき技術を、世界を滅ぼすための道具として与えるとは……ドワーフの職人魂に対する最大の侮辱だ。鍛冶王も、このまま黙ってはおるまい」
三国が同じ敵を確かに認識した。俺はこの好機を逃さなかった。
「だからこそ、俺は提案したい。今、この場で、我々三国は種族と国の垣根を越え、対等な立場として一つの同盟を結ぶべきだと」
その言葉に、議事堂は一瞬、静まり返った。
だが、その静寂を破ったのは、ロルディア、グラムベルク、両代表からの力強い同意の声だった。
「異論はない。王国は賢者カインの導きを信じる」
「うむ。我らドワーフも、友である英雄と共に、その槌を振るおう」
その日、エルフェンリートの森で歴史的な三国同盟が固く結ばれた。それは、『混沌の使徒』に対抗するための、光の勢力の誕生だった。
そして、同盟が結ばれたその場で、最初の具体的な議題が提起された。
「では、我々が最初に行うべきことは何か」
カズエルが、眼鏡の位置を直しながら冷静な声で議論を促す。
「セイオンに対する、政治的な、そして決定的な一撃です。我々は学術都市アーカイメリアに対し、同盟の名において、正式にセイオンの身柄の引き渡しを要求します」
そのあまりにも直接的な提案に代表者たちは息を呑んだ。
「アーカイメリアは不可侵の中立都市。その要求に素直に応じるとは思えんが……」
ドランの懸念にカズエルは静かに首を横に振った。
「ええ。十中八九、拒絶されるでしょう。ですが、この要求そのものに意味があるのです」
彼は盤上の駒を動かすように指先でテーブルを叩いた。
「これにより、我々はセイオンを『世界の秩序を乱す犯罪者』として公式に断罪することができます。そして、アーカイメリアの内部にいる、セイオンに与しない穏健派たちに、我々の存在と決意を示す絶好の機会となる。……これは宣戦布告であり、内部崩壊を誘う楔です」
それは武力ではなく、法と大義名分を武器とする知的な戦いの始まりだった。
俺たちはその作戦に全員で同意した。
***
数日後。
三国同盟の名を記した正式な要求書が『学術都市』へと送られた。
その返事を待つ間、俺たちは森で次なる戦いに備えていた。
そして、一週間後。
『学術都市』からの使者が、森の入り口に姿を現したとの報せが議事堂を駆け巡った。
『学術都市』からの回答。それがどのようなものであれ、この世界の未来を左右するものであることに疑いの余地はなかった。




