第279話 過去との対峙
急な出立の非礼を詫びるため、俺たちは登城し、鍛冶王バルグラスに謁見を求めた。
王は公務の最中であったが、俺たちの姿を見るなり人払いをし、真剣な面持ちで迎えてくれた。
「……そうか。森で動きがあったか」
ミラネからの急報――ヴィンドールの出現と接触の要求について伝えると、バルグラスは太い腕を組み、重々しくうなずいた。
「ヴィンドール……。かつて国を乱した張本人。罠の可能性もあろう」
「ええ。ですが、このまま放置もできません」
俺の決意に王はニヤリと不敵に笑った。
「友の窮地となれば、駆けつけるのが道理というものだ。止めはせんよ」
王の言葉に俺は深く頭を下げ、そして身につけた真新しい防具に手を添えた。
「それと、陛下。この防具……ボルン殿の技と、陛下の御心に心から感謝いたします。竜の素材を用いたこの装備ならば、どんな敵が相手でも仲間を守り抜けると確信しています」
レオナルドも新しい籠手を鳴らし、セリスも盾を構えて一礼する。ルナは深紅のマントをひらつかせ、嬉しそうに王を見上げた。
「うむ! 我が国の職人が魂を込めた逸品だ。使いこなしてくれよ。……カイン、そして皆よ。道中、気をつけてな」
「行って参ります」
王の力強い激励を背に俺たちはグラムベルクを後にした。
***
ドワーフの都を後にして、俺たちが再びエルフェンリートの森へと足を踏み入れた時、その空気は驚くほど澄み渡っていた。
木々の間を吹き抜ける風は穏やかで、木漏れ日は優しく、森全体がまるで一つの生命体のように、静かに、そして力強く呼吸しているのが感じられる。
「……変わらないな。いや、以前よりも、ずっと落ち着いている」
俺は久しぶりに吸う故郷の空気に感慨深く目を細めた。
俺が森を留守にしていた間も、ミラネの見事な手腕によって森の秩序は保たれていたのだ。彼女は俺を信奉する者たちをまとめ上げ、保守派との無用な対立を避けながら、この安寧を維持していた。
俺たちの帰還はすぐに森の民の知るところとなった。
あちこちから、「カイン様がお戻りになられたぞ!」という、喜びと驚きに満ちた声が聞こえてくる。そのざわめきは、俺がかつてこの森の賢者として認められたことを改めて思い出させてくれた。
俺たちが懐かしい賢者の屋敷へと向かうと、そこではミラネが俺たちの帰りを待っていた。
「カイン様! お待ちしておりました……!」
彼女は俺の姿を認めると、安堵の表情を浮かべ、深く一礼した。
再会の挨拶もそこそこに俺たちは早速本題へと入った。
「ミラネ、ヴィンドールの件、詳しく聞かせてくれ」
「はい」
ミラネは厳しい表情で頷いた。
「先日、ヴィンドール様とその一派が、森の北の境界に突如として姿を現しました。そして、私に接触を求めてきたのです。……曰く、『混沌の使徒』のことでカイン様に直接お伝えしたいことがある、と」
「混沌の使徒……?」
そのあまりにも聞き覚えのある単語に、俺たちの間に緊張が走る。奴の手はすでにこの森の奥深くまで伸びていたのか。
「ええ。ですが、その詳細については一切口を開こうとはしません。ただ、その様子はひどく切羽詰まっているようにも見えました」
罠か、それとも真実か。判断に迷う。
だが、俺はこの話を受け入れることに決めた。ヴィンドールがセイオンと何らかの関わりを持っていたとしても不思議ではない。かつて彼が王都で暗躍していた事実がある以上、無視することはできなかった。
「……わかった。その話、受けよう。ミラネ、ヴィンドールとの対談の場を設けてくれ」
「よろしいのですか?」
「ああ。用心はする。だが、逃げるわけにはいかない」
俺の決意にミラネは力強くうなずいた。
対談の場所は森の議事堂と定められた。そこは、かつて俺の追放が決定された因縁の場所だ。
***
議事堂は張り詰めた空気に満ちていた。
入り口ではヴィンドール派のエルフたちが、武器こそ構えてはいないものの、硬い表情で俺たちを出迎えた。その瞳には、敵意、後悔、そしてかすかな希望が複雑に混じり合っている。
俺は仲間たちと共に議事堂の奥へと進んだ。その中央に一人のエルフがぽつんと立っていた。
ヴィンドール。
その姿を認めた瞬間、俺は我が目を疑った。
そこにいたのは俺が知る、傲慢で自信に満ち溢れた、あのヴィンドールではなかった。髪は白く抜け落ち、その顔には深い絶望と、取り返しのつかない後悔の色が、まるで呪いのように深く刻み込まれている。その姿はまるで魂を抜き取られた抜け殻のようだった。
「……カイン」
彼はかすれた声で俺の名を呼んだ。その瞳はもはや俺を憎む光すら失い、ただ底なしの闇だけが広がっている。
俺は静かに彼と対峙した。
森の光と影。二人の賢者が今、数奇な運命の果てに、再び相まみえようとしていた。




