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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第十六章 生命の理と世界の天秤

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第277話 竜覇の凱旋

 『学術都市(アーカイメリア)』からドワーフの都グラムベルクへの帰路は、馬車に揺られて数日を要した。

 俺たちの心には仲間が癒えたことへの安堵と、セイオンが仕掛けた次なる混沌への警戒が複雑に絡み合っていた。


 再び訪れた鋼の都で、俺たちは真っ先に鍛冶王バルグラスの元へと向かった。

 玉座の間で俺たちを迎えた王は、その威厳に満ちた瞳で、まず俺たちの背後に立つ二人の剣士の姿を捉えた。


「……おお」


 王の口から驚嘆(きょうたん)と、そして深い安堵の息が漏れた。


 レオナルドとセリスが、再生された両腕で完璧な戦士としての一礼を捧げたのだ。

 その姿は、片腕が失われる前と何一つ変わらない力強さを取り戻していた。


「陛下。ご報告いたします。アーカイメリアでの治療は成功しました。二人の腕は完全に再生されました」


 俺の報告にバルグラスは玉座から立ち上がり、自ら二人の元へと歩み寄った。


「そうか……。そうか……! 本当によかった……!」


 彼は二人の再生された腕にそっと触れると、心の底から安堵したように顔を(ほころ)ばせた。王としての立場を超えた、仲間を想う友としての偽らざる感情だった。


 喜びを分かち合った後、俺は表情を引き締め、アーカイメリアで得た「もう一つの真実」について口を開いた。


「陛下。治療は成功しましたが、同時に新たな懸念も生まれました。ドラグハートを用いたこの再生技術……これが世に知れ渡れば、新たな争いの火種となりかねません」


 俺の言葉にバルグラスも神妙な面持ちでうなずいた。


 竜の素材が持つ力が兵器としてだけでなく、不老不死にも繋がる技術への鍵となる。その事実は各国の欲望を刺激するには十分すぎる。


「うむ。そなたたちが発つ前にも話したが、竜の亡骸の封印は既に完了しておる。今回の件で、その判断が正しかったと確信した」


 王は玉座に戻り、力強く宣言した。


「この再生技術のことはこの場だけの秘密としよう。公式には『奇跡的な回復』として処理する。竜の素材も、技術も、決して表には出さぬ。……それが、友であるそなたたちと、世界を守るための最善の道だ」


 王の揺るぎない決断に俺は深く頭を下げた。


 ***


 その日の夕刻。

 グラムベルクの城下には民が集められ、巨大な祝宴の準備が進められていた。

 バルグラス王は城壁の上に立ち、集まった民衆に向かって高らかに宣言した。


「聞け、我が民よ! 長きにわたり我らが祖先を脅かし続けてきた北の霊峰の厄災、古竜マグナ・イグニスは、今ここに集いし英雄たちの手によって完全に討ち取られた!」


 その言葉が最初は静寂を、そして次の瞬間には地鳴りのような爆発的な大歓声を引き起こした。


 民衆は自分たちが知らぬ間に迫っていた神話級の脅威が去ったことを知り、その恐怖からの解放と、英雄たちへの感謝に熱狂していた。


「カイン様!」

「英雄様!」

「我らの都を国を守ってくださり、ありがとうございます!」


 祝宴の席で俺たちは民衆からの熱烈な歓迎を受けた。

 差し出されるエール杯、肩を叩く職人たちの力強い手、そして子供たちの憧れの眼差し。

 その全てが俺たちが成し遂げたことの重みを改めて感じさせてくれた。


 やがて、バルグラス王が再び俺たちの前に進み出る。


「この偉業を称え、王国、そしてこの大陸に生きる全ての民を代表し、諸君に新たな称号を授ける! その名は――『竜覇(りゅうは)の英雄』!」


 その名誉ある称号と共に、王は俺たちに親愛の情を込めた眼差しを向けた。


「そなたたちには既に我が国最高の防具を贈ったが……それだけで足りるとは思えん。何か望むものがあれば申してみよ。金か、地位か、あるいは領地か」


 その言葉に俺は仲間たちと顔を見合わせた。

 俺の視線はレオナルドとセリスの装備に向けられる。以前、王から賜った「耐熱軽鎧」は、古竜との死闘の果てに砕け散り、今は見る影もない。二人が腕を失うほどの激戦だったのだ、防具が無事で済むはずもなかった。


 俺が望むものは決まっていた。


「陛下。……もし許されるならば、一つだけ願いがございます」


 俺は一歩前に出ると、王を真っ直ぐに見据えて言った。


「我々に、仲間を守るための『最高の防具』を、再びお与えいただけないでしょうか」


「防具、か?」


「はい。古竜との戦いで、陛下より賜った鎧は砕け散りました。あれがあったからこそ、我々は生きて帰ることができたのです。……ですが、これから向かう戦いは、さらに過酷なものになるでしょう」


 俺は共に戦う仲間たちの顔を見回した。


「俺はもう二度と、仲間が傷つく姿を見たくありません。彼らを守り抜くための、絶対的な守りが欲しいのです。……そして、その素材として、マグナ・イグニスの亡骸を使用することをお許しいただきたい」


 俺の願いに、バルグラスは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにニヤリと、職人の王らしい笑みを浮かべた。


「はっはっは! 地位でも名誉でもなく、仲間を守るための盾を望むか! それでこそカインよ!」


 王は力強くうなずいた。


「よかろう! その願い、聞き届けた! 最強の竜を倒した英雄には、その竜を纏う資格がある!」


 王は控えていた側近に大声で指示を飛ばした。


「おい! 我が国最高の防具職人、ボルン・アイアンフィストを呼べ! 彼に竜の素材を預け、英雄たちのために最高の防具を打たせるのだ!」


 王の呼び出しに応じ、祝宴の場に一人の男が現れた。

 重厚な足音と共に姿を見せたのは、岩塊が歩いているのかと見紛うほどに屈強なドワーフだった。全身に煤と鉄の匂いを染みつかせ、その太い腕は丸太のようであり、厳めしい顔には職人としての揺るぎない誇りが刻まれている。彼こそがドワーフ王国最高の防具職人、ボルン・アイアンフィストだ。


「陛下。お呼びでしょうか」


 ボルンは王の前で膝をついたが、その瞳は鋭く輝き、王宮の煌びやかさになど微塵も萎縮していない。


「うむ。ボルンよ、(おもて)を上げよ。ここにいる英雄たちのために、回収した竜の素材全てを使って、至高の防具を打ち上げるのだ。これは王命である。我が国の職人の魂、彼らに見せてやれるか?」


 王の言葉を聞いた瞬間、ボルンの顔に獰猛な笑みが浮かんだ。それは難題を前にした職人の、歓喜の笑みだった。


「……古竜の素材を使い、英雄のための鎧を打つ。職人冥利に尽きる仕事ですな。承知いたしました、陛下。私の全霊をかけ、竜をも超える守りを作り上げてみせましょう」


 ボルンは力強く請け負うと、俺たちに向き直った。


「……古竜を倒した英雄、か。よろしく頼む」


 民衆の歓声と、職人の熱意。俺たちは深く頭を下げ、その厚意に感謝した。


 新たな称号、そして約束された最強の防具。

 次なる戦いへ向けて、俺たちの準備は着々と整いつつあった。

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