表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第十六章 生命の理と世界の天秤

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

276/330

第276話 生命の再生、新たな火種

 『学術都市(アーカイメリア)』の清浄な空気に満ちた生命科学研究室。

 その中央に巨大な理式(りしき)の魔法陣が淡い光を放ち、儀式の始まりを告げていた。


 俺たちは固唾を呑んでその光景を見守っている。

 石の台座に横たわるレオナルドとセリス。その(かたわ)らで、白衣の神官エリアーデがこれから行われる奇跡の術者として、静かに(たたず)んでいた。


「……始めます」


 エリアーデはそう告げると、保管されていたドラグハートの欠片(かけら)から、さらに米粒ほどの、ごく(わず)かな一片を慎重に採取した。


「まずは、レオナルド殿から」


 彼女はその小さな赤い欠片(かけら)をレオナルドの失われた右腕の付け根に、そっと置いた。


 次の瞬間、エリアーデの瞳が研究者としての鋭い輝きを放つ。


「――理式起動。魂情報(ソウルデータ)、読み取り開始。対象:レオナルド・ヴァルディス。部位:右腕。再構築、実行」


 彼女の宣言に呼応し、床の理式が眩い光を放ち、そのエネルギーがドラグハートの欠片(かけら)へと注ぎ込まれていく。

 欠片(かけら)は力強く脈動し、圧倒的な生命エネルギーを解放した。


 光の奔流がレオナルドの肩口に集束し、そこから信じられない光景が繰り広げられた。


 光の粒子が骨を、筋肉を、血管を、そして皮膚を、寸分の狂いもなく、完璧な形で再構築していく。まるで、時間を巻き戻すかのように、彼の右腕がその場所に織り上げられていくのだ。

 後遺症も、傷跡も、何一つない。失われる前と全く同じ、鍛え上げられた戦士の腕がそこにはあった。


「……嘘、だろ……」


 俺はその奇跡を前に、ただ呆然とつぶやくことしかできなかった。


 続いて、セリスの儀式も同様に執り行われた。

 彼女の黒く炭化していた右腕もまた、元の美しい、しなやかな腕へと完璧に再生された。


 二人はゆっくりと台座から身を起こすと、信じられないといったように、自らの、新しく、そして懐かしい腕を見つめている。

 指を一本一本、確かめるように動かし、やがて強く拳を握りしめた。


「……動く。……以前と何も変わらずに」


「この感触……。剣がまた振るえる……!」


 リハビリの必要など、まるでなかった。戦士としての感覚が魂の情報と共に完全に蘇っている。


 その光景に、張り詰めていた空気が一気に喜びと安堵に変わった。


「やったーっ! 治った! 二人の腕が本当に治ったよ!」


 ルナが歓声を上げ、二人に飛びつく。

 エルンもまた、瞳に涙を浮かべ、心からの笑みを浮かべていた。


 エリアーデも、自らが確立した理論が完璧に実証されたことに、研究者として深い喜びと満足感をその表情に浮かべている。


 儀式が終わり、俺たちはエリアーデに改めて深く頭を下げた。


「エリアーデ様、本当にありがとうございました」


「……私の生涯の研究がようやく形となった。礼を言うのはこちらの方だわ」


 彼女は穏やかに微笑むと、一つの重い忠告を俺たちに与えた。


「ですが、賢者カイン。覚えておきなさい。今回、私が証明してしまったこの技術……これはあまりにも危険なものです。ドラグハートの欠片(かけら)はまだ何十人という人間を救えるほどの力を残している。その事実が世界に知れ渡れば、この奇跡の触媒はいずれ大きな争いの火種となりかねません。……その扱い、くれぐれも気をつけるのですよ」


 その言葉の重みを受け止め、俺たちは研究室を後にした。


 ヴァレリウスに仲間たちの腕が再生したことを報告すると、彼は心の底から安堵したように、そして友の偉業を誇るように、静かに微笑んだ。


 俺たちは翌日にも『学術都市(アーカイメリア)』を離れ、グラムベルクへと戻ることを決めた。

 王が用意してくれた堅牢な馬車が、都市の外で俺たちを待っているはずだ。


 その夜、宿舎で俺たちはささやかな祝杯を上げていた。

 二人の仲間が絶望の淵から生還した。その喜びに誰もが酔いしれていた。

 だが、その中で、ふとカズエルが重い口を開いた。


「……なあ、カイン。今回の件、少し上手く行き過ぎているとは思わないか?」


 その一言で、祝宴の空気が静かな思索のそれへと変わる。


「俺たちがドラグハートを使って、この都市で腕を再生させることも、まるで最初から誰かに筋書きを描かれていたような。そんな気さえもするくらいに……」


「……まさか」


 俺は、はっとした。


 セイオンの真の狙い。それは俺たちを妨害することではなかった。


「……俺たちに、この『肉体再生技術』を世界で初めて実証させること、だったんじゃないのか……?」


 俺の言葉に仲間たちの顔から喜びの色が消え、重い沈黙が部屋を支配する。

 混沌の使徒は俺たちを利用して、世界に新たな、そして最も厄介な「火種」を生み出させたのだ。ドラグハートという奇跡の触媒を巡る、終わりのない欲望と争いの種を。

 その底知れないセイオンの思惑を前に誰もが言葉を失い、うつむいた。


 だが、その重苦しい空気を俺の声が吹き飛ばした。


「……それがどうした!」


 俺はあえて大きな声で笑い飛ばすように言った。驚いて顔を上げた仲間たちに俺は続ける。


「セイオンの目論見(もくろみ)がどうだろうと、そんなことはどうでもいい! レオナルド、セリス。お前たちの腕が戻ったんだ。また二人が剣を振るう姿が見られる。俺はそれが何よりも嬉しいんだ!」


 俺の言葉に、ハッとしたようにレオナルドとセリスが顔を上げる。


「先のことを心配して、今この奇跡を素直に喜べないなんて馬鹿げてるだろ。俺たちの勝ちは勝ちだ。今はまず乾杯だ!」


 俺は杯を高く掲げた。そのあまりにも真っ直ぐで不器用な言葉。だが、それこそがこの場の誰もの本心だった。


「……うん! カインの言う通りだよ! 乾杯! 乾杯!」


 一番にルナが元気よく杯を打ち鳴らす。


 その声に導かれるように、エルンも、セリスも、そしてレオナルドも、ようやく心の底からの笑みを浮かべた。


「ええ、そうですね。今はただ、喜びましょう」


「はい……!」


「……ふっ、違いない」


 最後にカズエルが、やれやれといったように肩をすくめ、そしてどこか嬉しそうに俺の杯に自らの杯を、カチン、と合わせた。


「……お前には敵わないな。リーダー」


 セイオンの思惑など今はどうでもいい。

 目の前にある仲間たちの笑顔。それこそが俺たちが勝ち取った何物にも代えがたい真実の「勝利」なのだから。


 俺たちの笑い声がアーカイメリアの静かな夜に、温かく、そして力強く響き渡っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ