第275話 希望の前夜
儀式を翌日に控えた夜、俺たちはヴァレリウスが手配してくれた静かな宿舎の一室に集まっていた。
『学術都市』の夜は王都のそれとは違い、どこまでも静かだ。
窓の外では魔力光が白亜の塔を淡く照らし、規則的な光の明滅だけが、この街が眠らずに思考を続けていることを示していた。
部屋のテーブルにはエリアーデから借り受けた「魂からの肉体再構築」に関する資料の写しが広げられている。
それを覗き込んでいたルナが感嘆の声を上げた。
「それにしても、すごいね、この街は! レオナルドとセリスの腕も治せちゃうなんて、アーカイメリアには何でもありそう!」
その純粋な驚きにカズエルが誇らしげに、しかしどこか複雑な表情でうなずいた。
「ああ。こと知識と技術に関しては、この都市の右に出るものはいないだろうな。特にエリアーデ先生のこの理論は……」
彼は資料を指し示しながら、専門家としての抑えきれない興奮を口にした。
「俺が知るどの生命科学よりも遥かに進んでいる。魂に刻まれた情報から、失われた肉体を寸分違わず再構成するなど、まさに神の御業だ。……これを確立させるために、あの人はたった一人で、何十年も研究を続けてこられたんだ」
その言葉を聞いていたセリスは、自分の、今はもうない右腕にそっと触れた。その瞳にはこれまで見せることのなかった確かな希望の光が宿っていた。
「……明日、この腕が本当に……」
「ああ」とレオナルドもまた、静かにうなずく。
「もし、本当に再び剣を両手で握れる日が来るのなら、これ以上のことはない」
二人の剣士の魂からの言葉。
それを聞いたルナは椅子から飛び上がらんばかりに満面の笑みを浮かべた。
「やったー! やったー! レオナルドとセリスの腕、やっぱり治るんだね! またみんなで、前みたいに戦えるんだ!」
その、あまりにも屈託のない喜びに部屋の空気が一気に和らぐ。
カズエルは、そんなルナの様子を微笑ましげに見つめながらも、その視線の先で、静かに安堵のため息をついていた。
(……よかった。これで、セリスの腕が……)
彼もまた、この奇跡を誰よりも待ち望んでいた一人なのだ。
そんな中、これまで黙って成り行きを見守っていたエルンが、強い意志を込めて口を開いた。
「儀式に必要なことがあれば何でも言ってください。私の魔力も、知識も、全て、お二人のために使います。カイン、あなたもそうでしょう?」
エルンに話を振られ、俺も力強くうなずいた。
「ああ、もちろんだ。俺にできることなら何でもする」
仲間たちが一つの希望に向かって心を一つにしていく。その光景を俺はただ、温かい気持ちで見つめていた。
ふと、この状況で、あまりにも静かすぎる「敵」の存在が心の片隅をよぎる。
(……ここまで、セイオンの干渉がない。ワイバーンロードをけしかけてきた時のように、何か妨害があるかと勘ぐっていたが……。あまりに静かすぎる)
これほど重要な局面で、あの男が沈黙していることへの違和感。
だが、今はこの希望だけを信じよう。
俺は明日、行われるであろう奇跡の儀式に向けて、仲間たちと共に希望を語り合う一夜を過ごした。




