第273話 希望を胸に
ドワーフの都に滞在して数日。
ルナの身に起きた、火の精霊プロミネンスとの契約という衝撃的な出来事を経て、俺たちの心には次なる目的地、学術都市へ向かうための準備が整いつつあった。
屋敷の談話室。俺たちは全員でテーブルを囲み、旅の方針の最終確認をしていた。
「……それにしても驚いたわ。あんなに強大な火の精霊がルナの中に宿るなんて」
エルンが庭で元気に駆け回っているルナの姿に目をやりながら、感心したようにつぶやく。
プロミネンスと契約したルナは外見こそ変わらないものの、その身に宿す魔力の質は以前とは比べ物にならないほど力強く、そして温かいものになっていた。
「ああ。古竜の住処にいた精霊だ。その力が未知数なのは間違いない。でも、ルナはまだその力を制御しきれてはいないだろう」
俺はふと、闇の大精霊ノクスとの契約を思い出していた。強大な力は時に持ち主を振り回す。
その時、当の本人であるルナが談話室にひょっこりと顔を出した。
「みんなー、まだ会議してるのー?」
「ああ。それよりルナ、体調はもういいのか?」
「うん、ばっちり! なんだか前よりずっと体が軽いし、心もポカポカする感じ!」
彼女はそう言うと、新たな力を試したくてうずうずしているかのように、くるりとその場で一回転してみせた。
「だからね、カイン! ルナも、セリスみたいな、もっと大きな剣を使ってみたいの! グレンダさんのところに行って、剣、作ってもらってくる!」
「大きな剣、か。炎の魔剣、なんてのが作れたりしてな」
「うん! もう、カインたちに守られてるだけじゃ嫌だもん!」
「ルナはいつだって、俺たちの未来を切り開く希望だよ。守られてるだけなんて、そんなことはない」
俺が声をかけるよりも早く、彼女は風のように工房へと駆け出していった。
その後、彼女がグレンダを驚かせ、そして呆れさせながらも、その小さな体に合った見事なショートソードを手に入れたのは言うまでもない。
炎の魔力と相性の良いその剣は彼女の新たな牙となるだろう。
***
日を改め、俺は屋敷の談話室に仲間たち全員を集めた。
レオナルドとセリスの剣は最高の状態に蘇り、ルナも新たな武器と可能性を手に入れた。
俺たちの心の中で、学術都市へ向かう意志はもはや揺るぎないものとなっていた。
「皆、聞いてくれ」
俺は仲間たちの顔を一人一人、ゆっくりと見回した。
「これまでに何度も、俺たちはセイオンの掌の上で踊らされてきた。今回も、アーカイメリアで何が待ち受けているか正直分からない。だからこそ、これまで以上に用心して慎重に進む必要がある」
俺はテーブルに広げられた地図を指し示した。
「まずはアーカイメリアにいるヴァレリウス様に会い、レオナルドとセリスを治療するための情報を聞いてみよう。それが俺たちの最初の目的だ」
俺の方針に仲間たちが力強くうなずく。
その日の午後、俺は出発の日程を伝えるため、鍛冶王バルグラスの元を訪れた。
「……そうか。もう、行くのか」
王は寂しさを隠すことなく、しかし、力強い眼差しで俺を見据えた。
「カインよ。アーカイメリアまでの道のりは我が国の護衛付きの馬車で送らせよう。これは王として、そして、友としての、せめてもの礼だ」
「……ありがとうございます陛下。そのお心遣い、ありがたくお受けします」
「うむ。そして、残されたマグナ・イグニスの亡骸についてだが……我が国の責任において全て回収し、厳重に封印することとした。お前たちが必要とする素材以外は決して世に出さず、新たな争いの火種にはさせぬと約束しよう」
王は厳しい表情で続けた。
「討伐の事実は民には、近隣に迫っていた脅威を双冠の英雄とその仲間たちが討ち取った、とだけ公表する。ドラグハートや再生技術のことは伏せ、無用な混乱を避けるつもりだ」
王の配慮に俺は深く頭を下げた。彼は政治的にも、そして友としても、最善の手を打ってくれたのだ。
「だから、カイン。必ず、生きて帰ってこい。この国はいつでも、お前たちを待っている。国を挙げて称える準備をしておくぞ」
王からの、力強い激励。俺たちの背中を押すにはそれだけで十分だった。
全ての準備は整った。
グラムベルクの正門の前。王が用意してくれた堅牢な馬車を前にして、俺たち六人は互いの顔を見合わせた。
その瞳には不安も迷いもなかった。ただ、仲間への信頼と次なる戦いへの揺るぎない決意だけがそこにあった。
「――さあ、出発だ!」
俺の号令がグラムベルクの青い空に高く響き渡った。
第十五章・完




