第265話 好機と最後の総攻撃
「――これが、最後の総攻撃だ!」
俺の叫びが、時が止まったかのような戦場に響き渡った。
それは、最大の敵であるセイオンが作り出した、偽りの好機。だが、俺たちにとって、これが唯一にして最後の活路であることに、疑いの余地はなかった。
「エルン!」
「ええ!」
俺の声に応え、エルンは覚悟を決めた。彼女は自らのポーチから、これまでの旅で集めてきた魔力を帯びた宝珠や、力の宿った魔石など、手持ちの魔道具のすべてを取り出した。
「私のすべてを、この一撃に……!」
彼女が杖を天に掲げると、その魔道具たちが眩い光を放ちながら砕け散り、膨大な魔力の奔流となって、彼女の杖の先へと収束していく。
「集い、束ねられし光の精霊たちよ! 我が全魔力と、この輝きを代償に、かの竜を討つ、終わりの一矢となれ!――《終光》!」
放たれたのは、もはや不可視の光線ではなかった。
極限まで凝縮された聖なる光の奔流が、時間すら歪む空間を切り裂き、マグナ・イグニスの巨大な頭部へと、寸分の狂いもなく直撃した。
その瞬間、セイオンが展開していた時間操作の理式が、エルンの放った膨大な魔力に耐えきれず、ガラスのように砕け散った。
時は、再び、正常に流れ始める。
「ギシャアアアアアアアアアアアッ!!」
マグナ・イグニスから、これまでにない、脳を直接揺さぶるかのような絶叫が迸った。
《終光》は、その硬い黒曜鱗を貫通することはできなかった。だが、内側から、その視神経と脳を、見えざる光で焼き尽くしていたのだ。竜の両目から、まるでマグマのような炎が噴き出し、その巨体は、完全に視力を失って、苦しげに暴れ回る。
「よし!」
カズエルが叫んだ。彼は、負傷して倒れているセリスの前へと進み出ると、その両手で、新たな理式を構築し始めていた。
「――理式展開! 対象、セリス、レオナルド。生体情報、神経伝達系に限定介入。効果、痛覚信号の強制遮断!」
彼の指先から放たれた、精緻な光の術式が、倒れている二人の身体を優しく包み込む。
次の瞬間、苦痛に顔を歪めていたレオナルドとセリスの表情から、力が抜けた。彼らは驚いたように、自らの、もはや動かぬはずの腕を見つめている。
「……痛みが、ない……?」
「……ああ。身体は重いが、剣なら、まだ……!」
二人は互いの顔を見合わせると、最後の力を振り絞るように、ゆっくりと立ち上がった。
そして、俺の目を真っ直ぐに見据え、強く、頷いた。
俺が、最後の攻撃を叩き込むための時間を、自らの命を賭して、作ってくれると。その覚悟が痛いほどに伝わってきた。
「頼みます、カイン殿!」
「お前に全てを託す!」
二人の英雄が、最後の陽動のために、再び、暴れ狂う竜王へと、その身を躍らせた。
その隙に、俺は竜の懐、死角となる場所へと、一直線に飛び込んだ。
全ての神経を研ぎ澄ませる。
勝利への道筋は、もう、見えている。
俺は最後の力を振り絞り、その一撃を、放つ。




