第264話 混沌の理、偽りの共闘
マグナ・イグニスの、全てを終わらせるはずだったブレスは、その口元で熱の奔流となったまま、揺らめいている。俺たちの目の前で、あまりにも異様な、そして静謐な光景が広がっていた。
その状況を作り出したのは、セイオンの理式。
彼の偽りの共闘ににょり、俺たちは生かされ、そして、試されていた。
「……何が、起きている……」
レオナルドが息を呑んで呟く。
その、ありえない静寂の中心に、筆頭神官セイオンは立っていた。彼の表情は穏やかで、まるで、この地獄のような戦場が、彼にとっては、ただの観劇の舞台であるかのように。
「古竜マグナ・イグニス。そして、それに抗う君たちの意志もまた、実に興味深い」
セイオンは、動きを止めた竜と、絶望に沈む俺たちを交互に見つめ、満足げに頷いた。
「一方的な破壊は、ただの『終わり』だ。私が望む『混沌』とは、破壊の先に、新たな『創造』の芽吹きがある、美しい理のことなのだよ」
彼は、ゆっくりと、その掌を天に向けた。
その瞬間、俺たちは理解した。この空間そのものが、彼の理式魔術によって、完全に支配されているのだと。
「私が、君たちがいた世界から、異世界の知識――『対消滅』の概念をドワーフに与えたのは、この竜を討ち、世界のパワーバランスを『破壊と再生』に導くための一つの可能性だった。君たちがここで全滅すれば、世界は一方的な破滅へと進む。それは私の望む未来ではない」
セイオンの言葉は淡々としていたが、その一つ一つが、神の如き傲慢さに満ちていた。
彼は、この世界の全てを、自らの壮大な実験の駒としか見ていない。
「……お前が、全ての元凶か……」
俺は怒りを込めて、そう吐き捨てた。
だが、セイオンは、そんな俺の怒りなど意にも介さず、ただ、目を細めるだけだった。
「おしゃべりもいいが、賢者カインよ。早めに決断したまえ」
彼がそう言うと、竜がスローモーションのように再び動き始めた。
セイオンの額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
彼が、時間そのものの流れに干渉できるのは、あとわずか、なのかもしれない。
この男の思惑通りに動くのは、腹の底から癪に障る。
だが、俺たちの目の前には、仲間を傷つけ、絶望の淵に追いやった巨大な竜がいる。そして、その動きが、今、確かに、鈍っている。
「……この好機、逃すわけには、いかない……!」
俺は、セイオンへの憎悪を、今は、心の奥底に押し殺した。
そして、残された仲間たちに最後の檄を飛ばす。
「エルン、カズエル、ルナ! 奴を討つぞ! これが、最後の総攻撃だ!」
俺の叫びに、仲間たちの瞳に、再び闘志の光が宿った。
俺たちは、この悪魔の差し出した手を取るしかない。
仲間を救うため、そして、この理不尽なゲームに、一矢報いるために。




