第260話 戦場の作戦会議
命からがら、灼熱の盆地から離れた岩陰まで退却した俺たちは、言葉を失い、ただ荒い息を繰り返していた。
先ほどの光景が網膜に焼き付いて離れない。一度のブレスで半壊し、最強の剣も魔法も、まるで赤子扱いされたという絶望的な現実。それが、仲間たちの顔に重い影を落としていた。
「くそっ……!」
レオナルドが拳で地面を殴りつけた。彼の指の隙間から血が滲む。
「かすり傷一つ、まともにつけられなかった……! 奴をあの場から一歩も動かすことすら、できなかったとは……!」
その悔しさは、俺も、セリスも、エルンも同じだった。
特に最前線で刃を交えたセリスは、唇を強く噛みしめ、震える手で愛剣の柄を握りしめている。
「追ってこなかったのは……私達が、その必要すらない、取るに足らない存在だと判断されたから……」
セリスの絞り出すような声に、誰も反論できなかった。
圧倒的な強者の余裕。俺たちは、その掌の上で、ただ弄ばれたに過ぎない。
「……こわい……。あんなの……どうやっても、勝てっこないよぉ……」
ルナが俺の服の裾を掴み、小さな声で震えた。その恐怖は、俺たち全員が共有するものだった。
どうする。このままでは全滅だ。
俺は焦燥に駆られながら、思考を巡らせる。
何故、奴は追ってこなかった? 本当に俺たちを見逃しただけなのか?
いや、違う。あの竜の瞳には油断も慢心もなかった。ただ、静かな、絶対的な確信があった。
……確信? 何に対する?
その時、俺の脳裏にドワーフの国で聞いた古の伝承が蘇った。
――古竜マグナ・イグニスは、かつて神々との戦いで深手を負い、この北の霊峰で、永い眠りについた、と。
「……そうか。あいつは傷を癒していたんだ……」
俺の呟きに仲間たちが顔を上げる。
「あの場所で、何百年、何千年もの間、ずっと。この霊峰に満ちる、強大な地熱の魔力を吸い上げて……。だから、あの場所から動けない。いや、動く必要がないんだ。巣穴そのものが、奴にとっての要塞であり、力の源なんだ」
俺の言葉に、絶望の空気が、わずかに揺らいだ。
その一瞬の揺らぎを見逃さない男がいた。
「……面白い仮説だ」
カズエルが、眼鏡の奥の目を光らせた。彼は、それまでの沈黙が嘘のように、早口で言葉を紡ぎ始めた。
「もし、その仮説が正しいなら……一つだけ、手がある。奴を直接攻撃するんじゃない。奴がいる『環境』そのものを俺たちの武器に変えるんだ」
カズエルは立ち上がると、霊峰の方角を指差した。
「奴が力の源とする地熱エネルギー。その流れを俺の理式魔術で強制的に逆転させたら、どうなると思う?」
「エネルギーを……逆転させる?」
俺が聞き返すと、カズエルは不敵な笑みを浮かべた。
「ああ。熱を『触媒』として、正反対の現象――『冷却』を引き起こすんだ。竜の巣がある空間だけを極度に冷却する。奴の力の源を内側から凍らせる」
その、あまりにも壮大で、そして大胆な作戦に俺たちは息を呑んだ。
「……それに賭けよう」
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
絶望の淵で見出した、あまりにも細い一筋の光明。それを手繰り寄せるため、俺たちの新たな作戦が始まろうとしていた。




