第253話 英雄の宣戦布告
玉座の間は決裂という名の冷たい静寂に包まれていた。
鍛冶王バルグラスの王としての矜持。民を守るという揺るぎない決意。その前では俺たちの言葉も、世界の未来を憂う進言も、あまりに無力だった。
説得は不可能。
その事実を俺たちは痛いほどに理解させられた。
俺とカズエルは、どちらからともなく顔を見合わせた。
もう、言葉を尽くす段階は終わった。
残されている道は一つだけ。
「……陛下」
俺はバルグラスを友としてではなく、この世界の均衡を崩しかねない、一国の王として見据えた。
その声は自分でも驚くほど、冷たく、そして静かだった。
「貴方の王としての誇りと、民を想うお気持ちは理解できます。ですが、それでも、あの兵器だけは、決して、完成させてはならない」
俺は、一歩、前に出た。
その動きに、玉座の間に控えていた衛兵たちが、緊張に、その斧の柄を握りしめる。
「もし、その兵器が完成するのなら……。この世界が、俺のいた世界と同じ過ちを繰り返す前に……」
俺は、そこで一度、言葉を切った。
そして、この旅で初めて、友に向けて、明確な敵意を込めて告げた。
「――我々が、この手で破壊する」
その言葉が玉座の間に、重く、響き渡った。
それは、もはや進言ではない。最後通告。
ドワーフ王国に対する、英雄たちからの明確な「宣戦布告」だった。
「……カイン、貴様……!」
バルグラスの顔が驚愕と、そして、裏切られたことへの深い怒りに染まる。
俺の隣でカズエルが、その言葉を冷徹な論理で補強した。
「これは脅しではありません、陛下。論理的帰結です。あの兵器が存在するという事実そのものが、いずれ世界規模の破滅を招く。その確率をゼロにするには、原因そのものを排除する以外に合理的な選択肢は存在しません」
「黙れぇっ!」
バルグラスが玉座から立ち上がり、咆哮した。
「貴様ら、恩を仇で返す気か! この私に、この国に、剣を向けると、そう言うのか!」
「そうではありません」
凛とした声と共にセリスが俺の前に進み出た。彼女は王への敬意を失うことなく、しかし、揺るぎない意志で、その剣の柄に手を置いている。
「私たちは貴国と争いたいわけではない。ただ、世界が守るべき一線を、守りたいだけです。……そのための覚悟が我々にはあります」
その言葉が合図だった。
玉座の間を警護していたドワーフの衛兵たちが、一斉に、その重い斧を俺たちへと向けた。切っ先が放つ鈍い光が、俺たちの顔を冷ややかに照らし出す。
「させるか!」
レオナルドが音もなく、俺たちの前に躍り出た。その両手には、すでに二対の牙――新たな双剣が抜き放たれている。
エルンもまた、杖を構え、その瞳に光の魔力を宿らせていた。
「……カインの邪魔は、させない」
ルナが低い声で唸り、その小さな手の中に、いつの間にか灼熱の炎が揺らめいていた。
玉座の間は、一触即発の絶対的な緊張に包まれた。
友であったはずの王と、英雄と呼ばれた俺たち。その間に、修復不可能なほどの深い亀裂が走った。
俺は目の前で怒りに震える友の姿を、ただ見つめることしかできなかった。
俺たちが進むべき道は、あまりにも険しく、そして悲しい。




