第252話 賢者の進言、王の矜持
ドワーフ王国の玉座の間は重々しい沈黙に支配されていた。
中央の玉座に座す鍛冶王バルグラスは、その威厳に満ちた瞳で、俺たちを静かに見据えている。その視線には友としての親しみと、王としての厳しい威圧感が、複雑に混じり合っていた。
「……よくぞ、来たな。友よ」
その声は、以前に聞いた時よりも、遥かに重く、そして、どこか悲しげに、玉座の間に響き渡った。
「単刀直入に伺います、陛下」
俺は、一歩前に出て、この国の王に、賢者として、そして友として向き直った。
「今、この国で開発が進められているという『新技術』……。あれは、混沌の使徒、セイオンが仕掛けた巧妙な罠です」
俺の言葉に、バルグラスの眉が、わずかに動いた。だが、驚きはない。彼はすでに、何かに感づいていたのかもしれない。
俺の隣でカズエルが、その言葉を引き継いだ。
「セイオンは、その技術のヒントを意図的に貴国にもたらしました。そして、その情報が、エルフ、人間、全ての国に知れ渡るように裏で糸を引いた。目的は貴国を『絶対的な力』を持つ脅威として孤立させ、国家間の猜疑心と恐怖を煽り、世界規模の戦争を引き起こすことです」
カズエルの冷静な分析が、この状況の異常さを論理的に解き明かしていく。
俺は、さらに言葉を続けた。
「陛下、あの技術は俺たちのいた世界では、『大量破壊兵器』と呼ばれていました。それは制御不能の破壊力で、都市一つを、そこに住む罪のない民ごと、一瞬で消し去る悪魔の兵器です。……決して、人の手にしてはならない、禁断の力なのです」
俺たちの魂からの訴え。
それをバルグラスは、ただ、黙って聞いていた。
長い、長い沈黙の後、彼は重々しく、その口を開いた。
「……その話が真実であることは理解した」
その言葉に俺たちは、わずかに希望の光を見た。
だが、続く王の言葉は、その光を無慈悲に打ち砕くものだった。
「だが、賢者カインよ。それでも我が国は、この技術を破棄することはできん」
「……なぜです!」
俺は思わず声を荒らげた。
「あの兵器が、どれほどの悲劇を生むか、お分かりのはずだ!」
「ああ、分かっておる」
バルグラスの声は苦悩に満ちていた。だが、その瞳に宿る決意は揺らいではいなかった。
「だがな、カイン。技術に罪はない。使う者の心次第だ」
彼は玉座からゆっくりと立ち上がった。その小柄な身体が、今は、山のように大きく見える。
「我が民は長きにわたり、多くの脅威に晒されてきた。この国は力によって、その誇りを守り抜いてきたのだ。この技術はドワーフの叡智の結晶であり、そして、我が民を守るための、最後の、そして最強の『盾』なのだ。……王として、それを手放すことは、民を見捨てることと同じだ」
王の矜持。民を守るという絶対的な使命感。
その前では俺たちの言葉も、世界の未来も、あまりに無力だった。
「ですが、陛下……!」
エルンが悲痛な声で訴えようとするのを俺は手で制した。
もう、言葉での説得は不可能だ。
俺はバルグラスの、その揺るぎない瞳を真っ直ぐに見返した。
そして、賢者としてではなく、この世界の理不尽に抗う一人の男として、最後の、そして、最も重い選択を彼に突きつける覚悟を決めた。
玉座の間は、決裂という名の冷たい静寂に包まれようとしていた。




