第251話 鋼の都、再び
俺たちは王都ロルディアを後にした。
混沌の使徒セイオンが仕掛けた、悪意に満ちた外交の罠。その盤上から降り、自らの手で事態を収拾するため、俺たちが目指すのは、ただ一つ。
再び、あの鋼と炎の都、ドワーフ王国グラムベルクへ。
旅の道中、俺たちの間に以前のような軽口はなかった。
ただ、ひたすらに目的地へと向かう、揺るぎない決意だけがあった。
「セイオンの狙いが、俺たちをこの問題の渦中に引きずり込み、孤立させることなら……」
俺は馬上で、隣にいるカズエルに語りかけた。
「俺たちは、その盤上から一度降りて、直接、この問題の当事者と話をつけなければならない」
「ああ。各国の使者と議論しても、それはセイオンの思う壺だ。恐怖と猜疑心で煽られた者たちに論理は通用しない。ならば、ことの根源……つまり、兵器開発の当事者である鍛冶王バルグラス本人と対話する。それが、唯一にして、最善手だ」
カズエルの分析は俺の考えと一致していた。
数日後、俺たちの目の前に、再び、あの巨大な山脈と、そこに穿たれた壮大な石造りの城塞都市が姿を現した。
だが、その空気は、以前訪れた時とは明らかに異なっていた。
「……街が、緊張している」
レオナルドが低い声で呟いた。
彼の言う通りだった。城門の警備は数倍に増強され、行き交うドワーフたちの顔には、活気よりも、厳しい警戒の色が浮かんでいる。市場の喧騒の中にも、どこか、よそ者を値踏みするような、刺々しい視線が混じっていた。
セイオンがばらまいた「情報」という名の毒は、すでに、この誇り高き都をも、蝕み始めていたのだ。
俺たちは、一直線に王城へと向かった。
王城の門前で、屈強なドワーフの衛兵たちが、その重い斧を交差させ、俺たちの行く手を阻んだ。
「何者だ! これより先は王の許しなくして通すことはできん!」
「俺はカイン。『双冠の英雄』として、鍛冶王バルグラス陛下に緊急の謁見を願いたい」
俺が名乗ると、衛兵たちの顔に、一瞬、驚きの色が浮かんだ。だが、すぐに、その表情は硬いものへと戻る。
「……英雄殿であることは存じ上げております。ですが、今は非常時。王は、いかなる国の使者とも、会ってはくださらぬ」
「俺たちは使者じゃない。王の『友』として来たんだ」
俺は、一歩も引かなかった。
「この国と、世界の未来に関わる重要な話がある。……そう伝えてくれ」
俺の、その強い眼差しに、衛兵は、しばらくの間ためらっていた。
やがて、隊長らしきドワーフが、一つ、大きく息を吐くと、部下に目配せし、城の奥へと伝令を走らせた。
長い、長い、沈黙。
俺たちは、ただ、その場で返事を待った。
程なくして、伝令が戻ってきた。
「……陛下より、『謁見の間へ、お通しせよ』、と」
俺たちは衛兵に導かれ、重々しい石の回廊を進んでいく。
そして、巨大な玉座の間へと通された。
その中央、厳めしい石の玉座に鍛冶王バルグラスが深く腰を下ろしていた。
その顔には深い苦悩と、そして、王としての揺るぎない矜持が刻まれている。
彼は、俺たちの姿を認めると、その重い口をゆっくりと開いた。
「……よくぞ、来たな。友よ」
その声は、以前に聞いた時よりも、遥かに重く、そして、どこか悲しげに、玉座の間に響き渡った。
俺たちは、これから、友であるこの王と対峙しなければならない。
世界の運命を、その肩に背負って。




