第250話 セイオンの撒いた毒
セイオンからの悪意に満ちた挑戦状。
その書簡がもたらした衝撃は、王都の屋敷に、重く、冷たい沈黙を落としていた。俺たちは、世界の運命を左右する天秤の上で、身動きが取れずにいた。
俺とカズエルが仲間たちに「大量破壊兵器」の、その本当の恐ろしさを語り終えた時、談話室の空気は絶望の色をさらに濃くしていた。
「……一つの都市を、そこに住む全ての人々を、一瞬で……」
エルンの声は、か細く震えていた。精霊の歌を愛し、命の調和を重んじる彼女にとって、それは想像を絶する冒涜的な力だった。
「そんなものが、この世界に生まれようとしているというのですか……」
セリスもまた、血の気の引いた顔で唇を噛みしめる。
戦士としての誇り、騎士としての誓い、その全てが絶対的な破壊力の前で無力だなんて。
「戦いではない。ただの虐殺だ。……そのような兵器の存在を戦士として見過ごすことはできん」
レオナルドが心の底からの怒りを込めて言った。
俺たちは、混沌の使徒が仕掛けた、この恐ろしいゲームの盤上で、どう動くべきか、その答えを見つけ出せずにいた。
重苦しい沈黙が数日続いた、ある日の午後。
屋敷の扉が慌ただしく叩かれた。
現れたのは王宮からの使者だった。その表情は切迫している。
「カイン様! エルフェンリートの森、そして、西方連合の諸侯から、正式な使節団が王宮に到着いたしました!」
「なんだって……!?」
「彼らは、ドワーフ王国が開発中と噂される『新技術』について、王国としての見解と、『双冠の英雄』である皆様の対応を強く求めております。……このままでは国家間の問題に発展しかねません……!」
セイオンの撒いた毒は、俺たちが考えていたよりも遥かに速く、そして深く、世界を蝕み始めていた。
「……始まったか。セイオンの本当の狙いが」
カズエルが冷ややかに呟く。
「奴は俺たちを、この外交問題の渦中の人物に仕立て上げ、その行動を縛り、孤立させるつもりだ」
「どうするのですか、カイン殿」
セリスが俺の顔を真剣な眼差しで見つめる。
「エルフの森の使節団は、おそらく保守派の長老たち。彼らは、これを好機と捉え、ドワーフとの同盟を破棄し、あなた様を再び糾弾するでしょう」
その言葉に俺は、静かに頷いた。
もう、この王都で答えを探している時間はない。
「……決めた」
俺は立ち上がった。その瞳には、もう迷いはなかった。
「俺たちは、もう一度、ドワーフの都へ行く」
「カイン……!?」
「セイオンの狙いが、俺たちをこの問題の渦中に引きずり込むことなら、その盤上から一度降りて、直接、ことの中心にいる人物と話をつけに行く。……鍛冶王、バルグラスとだ」
俺の決意に、仲間たちの顔に再び闘志の光が灯った。
そうだ、俺たちは決して、セイオンの掌の上で踊らされるだけの駒じゃない。
「俺たちが、この世界の『ざわめき』を止めるんだ。そのために、まず、友と話をしに行く」
俺たちはレオンハルト王にだけ、その決意を告げた。
若き王は俺たちの覚悟を理解し、静かに、その旅立ちを許可してくれた。
再び、ドワーフの都へ。
セイオンの悪意を乗り越え、世界の破滅を食い止めるための新たな旅が、今、始まろうとしていた。




