第245話 王都への帰還、それぞれの夜
ドワーフの都からの帰路は、行きとは全く違う空気に満ちていた。
互いの胸の内を明かし、一つの覚悟を固めた俺とカズエルの間には、もう迷いはなかった。ただ、これから待つ決戦の時と、その前にある、もう一つの「告白」に向けて、静かな決意だけが俺たちの歩みを速めていた。
数日後、王都ロルディアの壮麗な城壁が、再び俺たちの眼前に姿を現す。
活気を取り戻した街並み、行き交う人々の穏やかな表情。その光景に、俺たちは、この日常を守るために戦うのだと、改めて胸に刻んだ。
王家から与えられた屋敷の重厚な扉を開けると、そこには、俺たちの帰りを待つ仲間たちの姿があった。
「カイン! カズエル!」
一番に駆け寄ってきたのは、やはりルナだった。彼女は満面の笑みで、俺とカズエルの周りをぴょんぴょんと跳ね回っている。
「おかえりなさい! 指輪、できた!?」
「まあ、待て。後のお楽しみだ」
俺がルナの頭を軽く撫でると、レオナルドが壁に寄りかかったまま、静かに頷いた。
「……無事だったか。それで何よりだ」
彼のぶっきらぼうな言葉には、彼なりの安堵が滲んでいる。
そして、エルンとセリスが、俺たちの前に進み出た。その瞳には緊張と、そして、かすかな期待の色が揺らめいていた。
「おかえりなさい」
「不在の間、王国の動向について、いくつかまとめておきました」
談話室のテーブルには、エルンたちがまとめたであろう、いくつかの報告書が広げられていた。
レオンハルト王の改革が順調に進んでいること、反乱分子の残党が一掃されたこと、そして、民衆の間に、俺たち「英雄」への信頼が、より一層、深く根付いていること。
彼女たちは、ただ待っていただけではない。自分たちの役割を確かに果たしてくれていた。
「……ありがとう。助かる」
俺は報告書に目を通しながら、懐の小さな革袋の感触を、そっと確かめた。
その日の夕食は、久しぶりに六人全員が揃った温かい食卓だった。気まずい空気はもうない。だが、その代わりに、どこかそわそわとした、落ち着かない空気が漂っている。
特に、俺とカズエル、そして、エルンとセリスの間には、言葉にならない緊張が流れていた。
やがて夜が更け、それぞれが自室へと戻っていく。
俺は談話室に一人残り、暖炉の火を見つめていた。
革袋から、二つの指輪を取り出す。水の加護を宿した静かな輝き。これを彼女に渡す。そして伝えるんだ。作戦でも、けじめでもない、俺の本当の気持ちを。
(……できるか、俺に)
恋愛経験など、はるか昔の遠い記憶だ。
そんな俺が彼女に何を伝えられるというのか。
不安が胸をよぎる。だが、俺は強く拳を握りしめた。
その時、ふと、書斎の方に目をやると、カズエルが窓辺に立ち、月を見上げているのが見えた。彼もまた、同じように覚悟を決めかねているのだろう。
俺たちは視線が合うと、互いに、一つ、強く頷き合った。
もう、後には引けない。
俺はエルンがいるであろう、バルコニーへと向かって、ゆっくりと歩き出した。
カズエルもまた、セリスがいるであろう、中庭の訓練場へと静かに足を向ける。
それぞれの夜。
それぞれの誓いのために。
偽りの婚約に真実の想いを灯すための長い夜が始まろうとしていた。




