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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第十四章 鋼の誓いと禁断の火

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第243話 禁断の研究室

 指輪の制作はグレンダの工房で着々と進んでいた。

 ヴァルグリム鉱の選定、そして、それぞれの指のサイズに合わせた精密な加工。俺とカズエルは、時折、魔力や理式の観点から助言を加えながら、その見事な職人技に見入っていた。


「……それにしても、あんたたち面白いねぇ」


 炉の火を調整しながら、グレンダがふと、こちらを振り返った。


「カインの、あの水の魔法もそうだが、カズエル、あんたのその理屈っぽい頭脳も、うちの連中とは違う角度からモノを見てる。……どうだい? どうせ指輪が固まるまで少し時間がある。あたしの古い友人がやってる、面白い研究室を覗いていかないかい?」


 その誘いに、俺たちは顔を見合わせた。


「面白い研究室?」


「ああ。ドワーフの技術の、その最先端さ。あんたたちなら、何か面白い発想をくれるかもしれないからね」


 グレンダに案内されて向かったのは、工房が立ち並ぶ一画の、さらに奥深く。そこには、ひときわ巨大で、そして厳重な扉を持つ、近代的な建物がそびえ立っていた。工房というより、まさに「研究室」という言葉がふさわしい場所だった。


 中に入ると、そこは俺たちの知る鍛冶場の風景とは全く異なっていた。

 床も壁も、磨き上げられた黒い石でできており、空気はひんやりと澄んでいる。白衣に似た耐熱服を着たドワーフの技術者たちが、複雑な機械や、魔力を帯びた巨大な水晶の前で、黙々と作業を続けていた。


「よう、ボルガ。面白い客人を連れてきたよ」


 グレンダが声をかけると、研究室の奥から、白髭を几帳面に編み込んだ、恰幅のいいドワーフが現れた。ボルガと呼ばれた彼は研究室の長らしく、その目には職人とは違う、探求者の光が宿っていた。


「ほう、グレンダ。お前が客人を連れてくるとは、珍しいな。……して、そちらが、かの『双冠の英雄』殿と、その一行か」


 ボルガは俺たちに一礼すると、すぐに誇らしげな顔で、研究室の中央にある巨大な装置を指差した。

 それは、複数の魔法陣が刻まれた金属の球体で、その中心には、二つの魔石を固定するための特殊なアームが設置されている。


「我々は今、全く新しいエネルギー源の研究を行っておる。題して、『対消滅機関』の研究だ」


「対消滅……?」


 聞き覚えのある、しかし、この世界ではありえないはずの単語に、俺とカズエルの背筋を冷たいものが走った。


「うむ。性質の全く異なる二つの魔石――例えば、炎と氷。その魔力を極限まで高密度に凝縮させ、この装置の中で衝突させる。すると、二つの魔力は互いを打ち消し合い、その際に、これまでの常識を覆すほどの爆発的なエネルギーを放出するのじゃ」


 ボルガは、まるで子供に自慢のおもちゃを見せるかのように、目を輝かせている。


「まあ、百聞は一見に如かずだ。小さいものだが、お見せしよう」


 彼は技術者に合図を送り、装置を起動させた。

 アームの先に親指ほどの大きさの、赤い魔石と青い魔石が固定される。装置が低い唸りを上げ始め、二つの魔石が眩いほどの光を放ち始めた。


「――衝突まで、三、二、一……」


 声と共に、二つの魔石が、装置の中心で、激突した。

 音はなかった。

 ただ、一瞬、目の前が真っ白になるほどの閃光が走り、次の瞬間、凄まじい衝撃波が俺たちの身体を叩いた。分厚い防護結界が、みしり、と軋む音を立てる。


 光が収まった後、装置の中心には何も残っていなかった。二つの魔石は、その存在ごと完全に消滅していた。残されたのは、空間に漂う、魔力が焼けた匂いと、俺たちの耳の奥で鳴り響く、不快な耳鳴りだけ。


「……どうだ、すごいだろう! これさえあれば、どんなに硬い鉱脈も一瞬で砕けるし、古竜のような伝説の魔獣が相手でも……!」


 ボルガの興奮した声が、やけに遠くに聞こえる。

 俺とカズエルの頭の中は、別の言葉で完全に支配されていた。


(……質量とエネルギーの等価交換。対消滅反応……。まさか、この世界で、これを見ることになるなんて)


(おい、竹内……。これ、理屈は核分裂じゃないか……)


 俺とカズエルは日本語で、念話にもならないほどの、かすれた思考を交わした。


 そうだ。これは、俺たちのいた世界で、数えきれないほどの悲劇を生み出した、禁断の火。

 無差別で、制御不能で、そして、取り返しのつかない結末をもたらす、「大量破壊兵器」の、まぎれもない原型だった。


「……素晴らしい技術ですね」


 俺は引きつる顔を、なんとか笑顔で取り繕いながら、そう答えるのが精一杯だった。

 隣のカズエルも、青ざめた顔で、ただ、黙り込んでいる。


 ドワーフたちは純粋な探究心で、この技術を追い求めているのだろう。

 だが、その先に待っているのが、どれほど恐ろしい未来なのか、彼らは、まだ知らない。


 俺とカズエルは、工房に戻る道すがら、一言も交わさなかった。

 ただ、互いの胸の中に、言い知れぬ不安と、そして、英雄として、異世界人として、この技術にどう向き合うべきかという、あまりにも重い問いが、静かに、深く、刻み込まれていた。

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