第242話 鍛冶師グレンダとの再会
ドワーフの都グラムベルク。
その巨大な城門をくぐると、俺たちの肌を懐かしい熱気が撫でた。響き渡るリズミカルな槌の音、石炭の燃える匂い、そして、そこに生きる者たちの屈強な活気。この街は相も変わらず、鋼と炎の魂で脈打っていた。
「……変わらないな、ここは」
俺が感慨深く呟くと、カズエルは周囲の工房から漏れ聞こえてくる音に、興味深げに耳を澄ませていた。
「ああ。あらゆるものが、目的をもって作られている。無駄のない、機能美の街だ。……ある意味、俺の理式と似ているかもしれん」
「お前の理屈っぽさとな」
「うるさい」
軽口を叩き合いながら、俺たちは見覚えのある路地裏へと向かった。目指す場所は、ただ一つ。煤けた看板と、無骨な鉄の扉が目印の、あの鍛冶工房だ。
扉を開けると、カン、カン、という小気味良い槌の音と共に、炉の熱気が俺たちを迎えた。
工房の主、グレンダ・ブレイズロックは、革のエプロン姿で汗を光らせながら、赤熱した鉄塊と向き合っていた。彼女が振るう大槌の一撃一撃が、鉄に新たな命を吹き込んでいく。その光景は、もはや職人技というより、一種の儀式のように神聖ですらあった。
「またあんたたちかい。懲りないねぇ」
俺たちの気配に気づいたグレンダは手を止め、汗を拭いながら、からかうように言った。その口元には、再会を喜ぶ色が確かに浮かんでいた。
「見ての通りだよ。……あんたの腕を見込んで、また頼みに来たんだ」
「ふん。今度はどんな無理難題かね。言っとくけど、あたしだって立て込んでるんだ。そこらの冒険者の、なまくらを叩き直す暇はないよ」
俺は少しだけ言い淀んだ。戦場で武器を求めるのとは訳が違う。これから頼むのは、あまりにも個人的で、そして、不器用な願いだ。
「……いや、武器じゃない。もっと小さくて、……もっと、大事なものを作ってほしい」
俺の歯切れの悪い物言いに、グレンダは訝しげに眉をひそめた。
カズエルが俺の隣で、咳払いを一つする。
「我々は、パーティ内の連携を強化し、相互の信頼関係を物理的に証明するための、対となる装飾品の製作を依頼したい。素材は魔力伝導率が高く、かつ、永続的な加護を付与できるものが望ましい。つまりだな――」
「はいはい、回りくどいね!」
グレンダが、カズエルの理屈っぽい説明をぴしゃりと遮った。
「要するに、嬢ちゃんたちに指輪でも作りたいってわけかい?」
その、あまりにも的確な一言に、俺とカズエルは完全に言葉を失った。
グレンダは、そんな俺たちのうろたえた顔を見て、次の瞬間、腹の底から豪快に笑い出した。
「あっはっは! なんだい、その顔は! 英雄様と神官様が、揃いも揃って腑抜けた面しちゃって!」
彼女の笑い声が、工房の鉄骨をビリビリと震わせる。
「朴念仁どもが、ようやく腹を括りやがったかね! 見てるあたしが、やきもきしてたんだよ! いいじゃないか、その依頼、引き受けてやるさ!」
グレンダは、俺たちの背後にいるはずのエルンとセリスの幻影でも見るかのように、にやりと笑った。
「あの気高くて腕の立つ嬢ちゃんたちを、いつまで待たせる気かと思ってたのさ。あんたたちが、ただの朴念仁じゃなくて、ほんの少しは骨のある男だってこと、あたしの腕で証明してやらないとね」
「……頼む」
俺は顔から火が出そうなのを必死で堪えながら、それだけを言った。
カズエルは完全に固まっている。
「任せときな!」
グレンダは再び炉に火を入れ、最高の鉱石を選び始めた。その瞳には最高の職人だけが持つ、揺るぎない誇りと、そして、二人の朴念仁の恋路を応援する、温かい光が宿っていた。
俺たちの、不器用で、そして、真剣な想いを形にするための鋼と炎の調べが、この工房に響き始めようとしていた。




