第241話 男たちの旅路
王都を後にして二日目の夜。
俺とカズエルは、街道から少し外れた森の中で、静かに焚き火を囲んでいた。昼間の喧騒は遠く、今はただ、燃える薪がはぜる音と、遠くで鳴く夜鳥の声だけが聞こえてくる。
今回の旅の仲間は、この男だけ。そのせいか、いつもの冒険とは違う、どこか懐かしいような、それでいて少し照れくさいような空気が流れていた。
「……それにしても」
火にかけた鍋をかき混ぜながら、カズエルがぽつりと呟いた。
「お前が、あんな提案をするとは思わなかったぜ。なあ、竹内」
元の世界での呼び名。
二人きりの時に、こいつがこの名を口にするのは、決まって真面目な話か、あるいは俺をからかう時だ。
「……うるさい。ああでもしないと、あの空気は収まらなかっただろうが」
「まあな。だが、偽りの婚約を本物の指輪で上書きする、か。お前、意外とロマンチストだよな。それとも罪悪感か?」
カズエルの全てを見透かすような視線に俺は言葉に詰まった。
こいつの前では嘘や誤魔化しは通用しない。
「……両方だ」
俺は観念して、正直な気持ちを吐露した。
「ネフィラに仕組まれた闇の契約の一件。その時、俺は死を覚悟したんだ。でも、そんな俺を救うため、エルンは自分の魂すら差し出そうとした。その覚悟の重さを知っているのに、俺が返したのが、作戦っていう名目だけの空っぽの関係じゃ……あまりに惨めすぎる」
俺は焚き火の炎を見つめた。あの日の光景が炎の揺らめきの中に鮮明に蘇る。
「だからこれは、俺なりの誠意だ。ちゃんとした形で、感謝と……その、敬意を示したかった。守りたいっていう、俺の純粋な気持ちを伝えたいんだ」
そこまで一気に言うと、俺は照れ隠しのように、乱暴にスープを一口すすった。
カズエルは何も言わずに、ただ黙って俺の話を聞いていた。
「……そうか」
しばらくして、彼が静かに呟いた。
「お前も変わったな。昔は他人にそこまで深入りするような男じゃなかった」
「……お前だって、人のこと言えないだろうが」
俺がそう言い返すとカズエルは、ふっと自嘲気味に笑った。
「ああ、全くだ。俺も、自分の理屈が、あいつの前では、いとも簡単に崩れ去るのを自覚している」
彼が言う「あいつ」が誰なのか、聞くまでもなかった。
「彼女は気高すぎる。王都での反乱鎮圧の時もそうだ。俺は彼女に無限のスタミナを与えるという、ただの『支援』をしていたに過ぎない。だが、彼女は、その力を、一切の私欲なく、ただ、民を守るためだけに、その一振りの剣に集約させた。……あの姿を見て俺は、ただ、美しいと思った」
カズエルが初めて見せた、素直な感情の吐露だった。
「理屈や合理性だけじゃない。人の心には、それだけでは測れない価値がある。……あいつの、あの不器用なまでの真っ直ぐさが、俺にとっては眩しすぎる。そして、俺が失いかけていた何かを思い出させてくれる。……柄じゃないが、あいつの気高さに、俺は救われているのかもしれないな」
俺たちは、どちらからともなく顔を見合わせた。
そして、笑いがこみ上げてきた。
「……なんだ、結局、俺たち、どっちも同じじゃないか」
「ああ、そうらしいな。……やれやれ。50過ぎのおっさん二人が、異世界でエルフの女の子に本気で惚れ込んで、揃って指輪を作りに行く、か。……物語にしたら、安っぽすぎて誰も読まないだろうな」
「全くだ」
その夜、俺たちは、久しぶりに腹の底から笑い合った。
互いの胸の内を明かしたことで、心にあった澱が、すっと消えていくようだった。
この旅は、けじめをつけるための旅だ。
そして、自らの本当の想いと向き合うための旅でもある。
俺は遠い王都にいる仲間のことを思いながら、ドワーフの都へと続く道を改めて強く見据えた。




