第237話 それぞれの誓い
ほろ苦い作戦会議が終わった後、談話室には、重く、そしてどこかぎこちない沈黙が落ちていた。
レオナルドとルナは、俺たち四人の間に流れる、その特殊な緊張感を察してか、静かに席を立ち、部屋を出ていった。
残されたのは、俺とカズエル、そして、エルンとセリス。
これから、あまりにも奇妙な「作戦」を、実行に移さねばならない、四人だけだった。
俺は意を決して立ち上がると、エルンに静かに声をかけた。
「エルン。……少し、二人で話せないか」
エルンは俺の意図を悟ったように、一度だけ、強く瞳を揺らがせたが、やがて、静かに頷いた。
俺たちは屋敷のバルコニーへと出た。
月明かりが、王都の街並みを銀色に照らしている。眼下で続く喧騒が嘘のように遠くに聞こえた。
「……すまない」
俺は、まず、謝罪から切り出した。
「こんな馬鹿げた作戦に巻き込むことになって……」
「いいえ」
エルンは静かに首を横に振った。
「これは、あなたが、私たちが、この世界で生きていくために選ばなければならなかった道です。……謝る必要など、ありません」
その、あまりにも優しい答えに、俺は、かえって胸が痛んだ。
俺は、一度、深く息を吸い込み、そして、彼女の目を真っ直ぐに見つめた。
「エルン。……これは、恋愛とか、そういう甘いものじゃない。作戦だ。俺たちの、そしてこの国が、混沌の使徒の罠から抜け出すための、唯一の作戦だ」
俺は震えそうになる声を必死に抑えながら、その言葉を続けた。
「俺の、パートナーとして……俺の隣に、立ってくれないか?」
それは、プロポーズと呼ぶには、あまりにも無骨で不器用な言葉だった。
エルンは、驚きに、その翡翠色の瞳をわずかに見開いた。その頬が、月明かりの下で、ほんのりと赤く染まったように見えた。
だが、彼女はすぐに、その表情を引き締めると、凛とした声で答えた。
「……ええ。それが、賢者であるあなたの下した、最善の判断なのであれば」
彼女は、一歩、俺の前に進み出ると、その手に、自らの手をそっと重ねた。
「私は、あなたの剣となり、盾となり、そして……あなたの隣に立つ者として、その誓い、お受けします」
その温かい感触が、俺の心の迷いを静かに溶かしていくようだった。
一方、その頃。屋敷の書斎では、カズエルとセリスが向かい合っていた。
カズエルは普段の飄々《ひょうひょう》とした態度を消し、真剣な、しかしどこか不器用な表情でセリスを見つめている。
「セリス殿。……君も理解しているはずだ。この状況を打開するには政治的な『事実』が必要になる」
カズエルは、まず、作戦の合理性から言葉を切り出した。
「だが」
彼は、そこで一度、言葉を切ると、意を決したように続けた。
「俺にとって、これは、ただの作戦じゃない」
その、いつもとは違う感情の滲む声に、セリスは息を呑んだ。
「王都で、君と共に戦った時、俺は確信した。君の揺るぎない剣と、その気高い魂……その隣に、ずっといたいと。君を守り、支えることが、いつの間にか俺の新しい『理』になっていたんだ」
カズエルの、あまりにも真っ直ぐな告白。
それは、セリスが知る、理屈っぽくて、どこか斜に構えた彼の姿からは想像もできないものだった。
「作戦、という大義名分を借りて、俺は、俺自身の本心を伝える」
彼は、一歩、セリスの前に進み出た。
「……セリス、俺と、結婚してほしい。心から、そう願っている」
その言葉に、セリスの頬が、一気に熱を帯びる。
彼女もまた、惹かれていたのだ。自らとは対極にある、その深い知性と、その奥に隠された、不器用な優しさに。
彼女は、込み上げてくる感情を抑えるように、一度、強く唇を結んだ。そして、騎士としての最高の敬意を示すように、その場に静かに膝をついた。
「……私も、同じ気持ちです、カズエル」
顔を上げた彼女の瞳は潤んでいたが、その声には、揺るぎない覚悟が宿っていた。
「神授の媒介者たるあなたの、その願い、謹んでお受けいたします。あなたの剣として、そして……あなたの、妻として」
決して甘いだけのプロポーズではない。
だが、それは、共に戦い、互いを認め合った、二人の仲間としての、最も強く、そして、最も真実の、誓いの言葉だった。
俺たちは、それぞれの想いを胸に、このほろ苦い作戦の、始まりのゴングが鳴るのを静かに待っていた。




