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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第十三章 英雄の喧騒と誓いの言葉

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第235話 二人のけじめ

「――これは、魔法を使わない、極めて大規模な心理誘導だ」


 カズエルの冷徹な結論が、談話室の重い空気に、とどめを刺した。

 その言葉の本当の意味を、リナとセリシアは、まだ理解できていないようだった。彼女たちは、ただ、仲間たちの険しい視線に怯えるだけだ。


 俺は意を決して、二人の前に、ゆっくりと膝をついた。怒りや非難ではない。ただ、事実を静かに伝えるために。


「リナ、セリシア」


 俺の声は自分でも驚くほど穏やかだった。


「君たちが酒場や神殿で聞いた話……『孤独な英雄』や『身を削る天才』の話は、おそらく、君たちをここに導くための巧妙な『嘘』だったんだ」


「……嘘……?」


 リナの瞳が信じられないというように、大きく見開かれる。


「君たちの善意や、誰かを助けたいという優しい気持ちを、俺たちの敵は利用した。君たちは知らず知らずのうちに、敵の計画の駒として俺たちに近づき、そして、この屋敷の前で起きている、あの騒動を引き起こすための『引き金』にされてしまったんだ」


 俺の言葉をカズエルが、より具体的に補足する。


「君たちが我々と同行しているという情報は、すぐに各国の密偵に伝わる。それが、今のこの、外交問題寸前の『縁談ラッシュ』を誘発した。……君たちは悪くない。だが、結果として、君たちの存在そのものが、敵の最も効果的な武器になってしまった」


 その、あまりにも残酷な真実に、二人は、ついに言葉を失った。

 自分たちが信じていた正義が、使命が、ただ、誰かの悪意によって作られた、偽りの物語だったと知ったのだ。


「そんな……だって、あの人は、本当に、カイン様のこと、心配して……」


「カズエル様のお体が、本当に大切だと……」


 二人の瞳から、大粒の涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちる。

 それは、裏切られた悲しみと、そして、自分たちが、敬愛する英雄たちの足を引っ張り、窮地に陥れてしまったという、どうしようもない罪悪感からくる涙だった。


 これまで二人を睨みつけていたルナが、その光景を前にして、ふと表情を和らげた。


「……なんだか、かわいそう……。二人は騙されてたんだね」


 彼女のまっすぐな瞳は、もはや二人を責めてはいなかった。


 レオナルドもまた、剣の柄から手を放し、腕を組んで、ただ静かにその光景を見つめている。彼の戦士としての厳しい視線は、二人の少女から、その二人を利用した見えざる敵へと完全に向きを変えていた。


「ごめんなさい……っ!」


 リナが、その場に崩れるようにして、嗚咽を漏らした。


「私……私、カイン様の力になりたかっただけなのに……! 皆さんの邪魔をして、迷惑をかけて……!」


「申し訳、ありません……」


 セリシアもまた、床に手をつき、震える声で謝罪を繰り返す。


「私の、浅はかな思い込みが……カズエル様や、セリス様を、不快にさせて……」


 やがて、ひとしきり泣いた後、リナが、顔を上げた。その目には、もう涙はなかった。

 あるのは、一つの、揺るぎない決意だった。


「……私たちは、もう、皆様と一緒にはいられません」


 彼女は震える足で立ち上がると、深く、深く、俺たちに頭を下げた。


「私たちがここにいる限り、カイン様たちの足枷になるだけです。……だから、行きます。これ以上、敵の思う壺になるわけには、いきませんから」


 それは彼女たちが、自らの過ちと向き合い、自分たちなりに、その責任を取ろうとする精一杯の「けじめ」だった。


「……そうか」


 俺は静かに、それだけを答えた。

 だが、その短い言葉の裏で、俺の心は後悔の念に押し潰されそうになっていた。


(俺の……判断ミスだ)


 俺の甘さが、仲間を疑心暗鬼にさせ、そして、この二人の純粋な想いを踏みにじる結果になった。

 俺たちの役に立ちたい。その一心で、ただ必死だっただけなのに……。

 かつての、社会で必要とされなかった、何もできなかった自分と、この二人の姿が、痛いほどに重なって見えた。


 俺が、もっと早く気づいていれば……。いや、そもそも、俺が安易に同行を許さなければ……。

 こんな結末になるなんて、なにが賢者だ。なにが英雄だ。


 引き止めたい、という気持ちと、別れが最善だという理性が、胸の中でせめぎ合う。

 だが、俺は、彼女たちの決意を尊重することしかできなかった。


 リナとセリシアは、俺たちに、もう一度、深く頭を下げると、静かに談話室を後にした。

 俺たちは、その小さな背中が屋敷の扉の向こうへと消えていくのを、ただ、見送ることしかできなかった。


 彼女たちが去った後、部屋には重い沈黙だけが残された。

 パーティ内部の「混沌」は去った。

 だが、扉の外で鳴り止まない、求婚者たちの喧騒が、この問題の根本が、何一つ解決していないことを、俺たちに改めて突きつけていた。

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