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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第十三章 英雄の喧騒と誓いの言葉

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第228話 レオナルドの忠告

 分断された野営地の夜は、どこまでも静かで、そして長かった。

 二つの焚き火が、離れた場所で、互いに干渉することなく、ただそれぞれの周囲をぼんやりと照らしている。俺とカズエル、そしてリナとセリシアがいるこちらの火のそばは、無理に作られた明るい会話が時折響いては、気まずい沈黙に飲み込まれていく。

 向こうの、エルン、セリス、レオナルドがいる場所からは、ほとんど物音一つ聞こえてこない。その沈黙が、彼らの無言の抗議のように、俺の胸に重くのしかかっていた。


(……どうして、こうなった)


 俺はスープのカップを握りしめながら、自問する。

 ただ、若い冒険者を見捨てられなかっただけだ。その、ほんの少しの甘さが、これほどまでに仲間たちの間に深い溝を作ってしまった。


 その、重苦しい空気を切り裂くように、一つの影が立ち上がった。

 レオナルドだった。彼は、武器の手入れを終えると、まっすぐに、俺たちの焚き火へと歩み寄ってきた。その表情は、普段の冷静さを通り越して、氷のように冷たい。


「カイン、カズエル。少し話がある。ついてこい」


 その有無を言わさぬ声に、俺とカズエルは顔を見合わせた。リナとセリシアが不安そうに俺たちを見ているが、今は彼女たちにかまっている余裕はない。

 俺たちは黙って立ち上がり、レオナルドに続いて、野営地から少し離れた岩陰へと向かった。


 月明かりだけが俺たち三人の姿を冷ややかに照らし出している。


「単刀直入に言う」


 レオナルドは俺とカズエルを交互に見据え、低い、しかし鋭い声で言った。


「お前たちは、このパーティを、この旅を、どうするつもりだ」


「……どう、とは」


「とぼけるな。今日の戦闘、そして、あの夕食の光景。あれが、お前たちの望んだ結果か? 俺には、ただの崩壊寸前の集団にしか見えんがな」


 レオナルドの言葉は剣のように俺の心を抉った。


「そもそも、あの二人を同行させたこと自体が間違いだ。戦士としての技量も、覚悟もない。ただ、英雄という名に浮かれているだけの雛鳥だ。そんな者たちが、これから向かう魔族領で、何ができる?」


 俺が何も言い返せずにいると、レオナルドは、今度はカズエルへと視線を向けた。


「カズエル。お前は理を司る者なのだろう。ならば、今のこの状況の非合理性が、分からんはずはあるまい。なぜ黙っている」


「……リスク管理の一環だ。彼女たちの存在がパーティに与えるマイナス効果と、彼女たちを突き放した場合に生じる、予測不能なリスク。その二つを天秤にかけた結果、今は『観察』が最適解だと判断したに過ぎん」


 カズエルは、あくまで冷静に、論理的に答えようとした。

 だが、レオナルドは、その答えを鼻で笑った。


「戯言を。お前たちがやっているのは、ただの先延ばしだ」


 彼は、一歩、俺たちの前に踏み出した。


「いいか、よく聞け。あの者たちは『混沌』そのものだ。悪意があるとか、敵のスパイだとか、そういう話ではない。あの二人の存在そのものが、俺たちの結束を乱し、信頼を蝕み、このパーティを内側から崩壊させる、最悪の『混沌』なんだ」


 その言葉に俺はハッとした。混沌の使徒。その敵は必ずしも魔力や争いだけで、世界をざわつかせるとは限らない。


「お前たちが、あの二人に向ける甘さ、同情、あるいは、男としての私情。その『情』にほだされ続ければ、このパーティは確実に内側から崩壊するぞ」


 レオナルドの言葉は、もう止まらなかった。


「俺は戦士だ。命のやり取りをする戦場で、背中を預ける仲間を信頼できなければ剣は振るえん。エルンも、セリスも、同じ気持ちのはずだ。……リーダーとして、仲間として、それでもお前たちは、今のままでいいと、本気で思っているのか?」


 その問いは、あまりにも重く、俺たち二人に突き刺さった。

 俺は何も答えられなかった。

 リーダーとしての俺の判断が、この最悪の状況を招いた。その事実から、もう目を背けることはできなかった。


 レオナルドは俺たちの沈黙を答えとして受け取ったようだった。


「……明日まで、待つ」


 彼は、それだけを言うと、俺たちに背を向けた。


「明日、出発するまでに、お前たちの覚悟を示せ。リーダーとして、このパーティをどう導くのか。……それ次第では、俺は、この旅から降りさせてもらう」


 そう言い残し、彼は闇の中へと消えていった。

 残されたのは、俺とカズエル、そして、答えを出さねばならないという、あまりにも重い現実だけだった。

 遠くで、エルンたちの囲む焚き火が、小さく、そして頼りなく揺れていた。

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