第227話 分断の野営地
レオナルドとの間に走った、修復しがたいほどの亀裂。
その夜、俺たちの野営地は、これまで経験したことのないほど冷たい沈黙に支配されていた。
焚き火の炎がパチパチと弾ける音だけが、やけに大きく響いている。誰もが口を閉ざし、ただ、自らの武器を手入れしたり、黙々と食事の準備をしたりするだけだった。
魔獣との戦いの後だというのに、そこには勝利を分かち合う空気など、微塵も存在しなかった。
「……夕食の準備ができました」
エルンが抑揚のない声でそう告げた。彼女が作った、温かいはずのスープの香りも、今のこの空気の中では、どこか虚しく感じられる。
その夕食の席で、パーティの分断は誰の目にも明らかな「形」となった。
「カイン様、お隣、よろしいですか?」
リナが当然のように俺の隣に腰を下ろす。セリシアもまた、カズエルの隣に控えめに、しかし迷いなく座った。
その光景を見て、エルンは何も言わずに、カインたちから最も遠い場所へと腰を下ろした。セリスもまた、その隣に。そして、レオナルドは焚き火の輪から少しだけ離れた岩に腰かけ、一人、静かにスープをすすり始めた。
焚き火を挟んで、俺とカズエル、そしてリナとセリシアの四人と。エルン、セリス、レオナルドの三人。
パーティは、二つに、くっきりと分かれていた。
「カイン様、これもどうぞ! 私、一生懸命焼いたんです!」
リナが、少し焦げ付いた干し肉を、満面の笑みで俺に差し出してくる。その、悪意のない親切が、今はただ、痛かった。
「あ、ああ……ありがとう」
俺がそれを受け取ろうとした、その瞬間だった。
「いらないっ!」
鋭い声と共に、俺の隣に座っていたルナが、リナの差し出した干し肉を、小さな手で、ぱしん、と叩き落とした。
「カインは、ルナがあげたお肉を食べるんだから! あなたのはいらないの!」
ルナの瞳には涙が浮かんでいた。その頭からは、感情を抑えきれなくなったのか、ふさふさの獣耳がぴょこんと飛び出している。
彼女の過剰なまでの拒絶反応。それは、リナに対する、純粋なやきもちだった。
「ルナ、やめないか」
「やだ! だってこの人、カインにべたべたするんだもん! ルナ、嫌い!」
「リナ……すまないな……」
リナは叩き落とされた干し肉を悲しそうに見つめ、俯いてしまった。
最悪の空気だった。
俺は、どうすることもできずに、ただ、ルナの頭を撫でることしかできない。
リーダーとして、仲間たちの信頼を繋ぎとめるべき俺が、今、その絆が崩れていくのを、ただ見ていることしかできない。
カズエルは、そんな俺たちの様子を、ただ黙って見つめていた。彼の食事は、もうほとんど進んでいない。
「……やれやれ」
彼は誰に言うでもなく、一つ、深いため息をついた。
夜が更け、それぞれが寝床につく時間になっても、その溝は埋まらなかった。
俺とカズエルは一つの焚き火を、そしてエルンたちは少し離れた場所で、もう一つの小さな焚き火を囲んでいる。
二つの炎が、まるで俺たちの心の距離を象徴するかのように、互いを照らすことなく、静かに揺らめいていた。
この分断された野営地で、俺は自らの判断の甘さが招いた結果の重さを、痛いほどに噛みしめていた。
そして、この亀裂が、やがて取り返しのつかない決裂へと繋がっていくのではないかという、拭いきれない不安が、胸の奥に冷たく広がっていた。




