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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第十三章 英雄の喧騒と誓いの言葉

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第226話 亀裂

 魔族領へと続く道は次第にその険しさを増していた。ごつごつとした岩肌が剥き出しになり、街道とは名ばかりの獣道に近い小道が続いている。パーティ内の不穏な空気もまた、この荒涼とした景色に同調するかのように、重く、冷たくなっていく。


 リナとセリシアは、相変わらずカインとカズエルの傍を離れようとしない。その無邪気な言葉と献身的な態度は、もはや仲間たちの神経を逆なでするだけの、不快なノイズとなりつつあった。


 その、緊張の糸が張り詰めていた瞬間だった。


「――来るぞ!」


 先頭を歩いていたレオナルドの鋭い声が、静寂を切り裂いた。

 左右の岩陰から、素早い影が三体、同時に飛び出してきた。硬い甲殻と、鎌のような前足を持つ、この地域固有の魔獣「岩陰の追跡者ロックストーカー」だ。


「散開! 囲まれるな!」


 俺の指示に、エルン、セリス、レオナルドは即座に反応し、互いの死角を補うように陣形を組む。カズエルも詠唱を省いた防御理式を即座に展開し、後方を固めた。

 熟練した阿吽の呼吸。これまでの戦いで培ってきた完璧な連携だった。


 ――その連携を絶叫が破壊した。


「きゃああああっ!」


 パニックに陥ったリナが、短剣を握りしめたまま、その場にへたり込む。セリシアもまた、青ざめた顔で硬直し、カズエルのローブの裾を掴んで震えていた。


「カイン様! 危ないです!」


 次の瞬間、我に返ったリナが、あろうことか、俺を庇おうと魔獣の一体へと無謀な突撃を敢行した。


「セリス、援護を!」


 セリスが剣を向け、リナに迫っていた魔獣の気をひく。だが、リナが飛び出したことで、俺たちが築いた陣形には致命的な穴が生まれていた。


「しまっ……!」


 その隙を見逃さず、別の魔獣が、硬直しているセリシアと、彼女を庇うカズエルへと襲いかかる。


「カズエル様、お下がりください!」


 セリシアが震える手で、カズエルの前に小さな防御魔法を展開しようとする。だが、その未熟な魔法は、カズエルが展開しようとしていた、より高度なカウンター理式の邪魔にしかならなかった。


「くそっ!」


 カズエルは舌打ち一つ、理式の展開を中断し、セリシアの腕を引いて後方へと跳んだ。

 俺もまた、リナの身体を強引に引き寄せ、魔獣の鎌のような一撃を紙一重で回避する。


 結果として、俺とカズエルは、二人を危険から守った。

 だが、その代償は大きかった。前線は完全に崩壊したのだ。


「レオナルド!」

「わかっている!」


 レオナルドが突出してきた魔獣の攻撃を双剣で受け止め、セリスがその側面に回り込み、深々と剣を突き立てる。エルンも風の魔法で残る一体の動きを封じ、どうにか敵を殲滅することに成功した。


 戦闘は終わった。

 だが、そこには勝利の安堵など、どこにもなかった。

 ただ、気まずい沈黙と、互いへの不信感が鉛のように重く漂っている。


 その沈黙を破ったのは、レオナルドの怒りを押し殺した低い声だった。


「カイン、カズエル。聞かせてもらおうか」


 彼は倒した魔獣のむくろを一瞥すると、俺たち二人を、その鋭い瞳で射抜いた。


「今の状況はなんだ。なぜ、あの二人を庇った? まさかとは思うが、私情に流されているのではないだろうな?」


 その直接的な問いに、俺は言葉に詰まった。


「……彼女たちは、まだ戦いに慣れていないだけだ」


 ようやく絞り出した俺の答えは、自分でも分かるほど、苦しい言い訳に過ぎなかった。


 カズエルもまた、眼鏡の位置を直しながら、冷静を装って言った。


「戦力の逐次投入は非効率だ。一度に二人を失うリスクより、一時的に庇う方が合理的だと判断した」


 その、どこか他人事のような答えに、レオナルドの表情が、さらに険しくなる。


「甘いな」


 彼は吐き捨てるように言った。


「あの二人は戦力ではない。危険因子だ。それを庇うのは、パーティ全体を危険に晒す行為に他ならない。リーダーとして、仲間として、その判断が正しいと、本気で思っているのか?」


 その言葉は俺とカズエルだけでなく、エルンとセリスの胸にも深く突き刺さっていた。

 彼女たちもまた、その沈黙によって、レオナルドの意見に同意していることを示していた。


 パーティに走った、最初の、そして決定的な亀裂。

 それは、どんな魔獣の爪よりも鋭く、俺たちの絆を、静かに、しかし確実に引き裂き始めていた。

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