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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第十三章 英雄の喧騒と誓いの言葉

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第225話 甘い言葉と棘ある視線

 魔族領へと続く街道は、王都の活気が嘘のように、静かで荒涼とした風景へと変わっていた。俺たちの旅に、リナとセリシアという二人の冒険者が加わってから二日が過ぎたが、パーティ内の不和は日に日に濃くなる一方だった。


「カイン様、すごい! 魔族領が近いからって、全然休まずに歩き続けるなんて、やっぱり英雄は体力が違いますね!」


 俺のすぐ隣を歩きながら、リナが屈託のない笑顔で話しかけてくる。その距離の近さと、絶え間なく向けられる真っ直ぐな賞賛の言葉に、俺は返答に困り、曖昧な笑みを浮かべることしかできない。


「いや、カズエルの理式のおかげだ。俺一人の力じゃ、とっくにへばってるさ」


「またまたご謙遜を! でも、そういう謙虚なところも、カイン様の魅力なんですよね!」


 そのやり取りを、少し離れた場所からエルンが、冷めた視線で見つめていた。

 彼女の眉間に寄せられたわずかな皺は、静かな苛立ちを物語っている。リーダーであるカインが、本来であれば周囲の警戒に全神経を集中させるべきこの状況で、駆け出しの冒険者の相手をしている。その事実が、彼女には「危険な油断」にしか見えなかった。


 一方、後方では、もう一つの不協和音が生じていた。


「カズエル様、地図の確認、お疲れ様です。夜更かしは体に毒ですよ。少し、甘いものでもいかがですか?」


 物静かなセリシアが、カズエルの隣に寄り添い、手ずから作ったのであろう干し果実を差し出す。 彼女はカズエルが研究に没頭するあまり、自身の体を疎かにしていると本気で心配しているようだった。


「……ああ、助かる。糖分は思考の維持に必要不可欠だからな」


 カズエルは彼女の献身を合理的なサポートとして受け入れ、無造作に干し果実を口に運んだ。


 その光景を、セリスの棘のある視線が、静かに射抜いていた。


(……なれなれしい)


 セリスは、カズエルの類まれな知性に、戦士として深い敬意を払っていた。だからこそ、彼の私生活にまで踏み込み、まるで子供の世話を焼くかのようなセリシアの行動が許せなかった。それは、彼の尊厳を損なう、公私混同の振る舞いに見えたのだ。


「カズエル殿」


 セリスは抑揚のない声で、カズエルに話しかけた。


「この先は魔獣の目撃情報も多い場所です。今は、目の前の道に集中していただくのが賢明かと存じます」


 その言葉は、遠回しな、しかし明確なセリシアへの非難だった。

 セリシアは、セリスの冷たい視線に気づき、怯えたように、そっとカズエルの背後に隠れた。


「……ああ、そうだな。すまない」


 カズエルは、二人の間に流れる険悪な空気を察し、気まずそうに地図から視線を戻した。


 パーティの雰囲気は最悪だった。

 リナとセリシアの二人がいるだけで、仲間たちの間にあったはずの阿吽の呼吸が見事に乱れていく。


「……カイン」


 ルナが俺のローブを強く握りしめ、リナを睨みながら言った。


「やっぱり、あの二人、なんか変だよ。カインとカズエルにくっついてばっかりで、エルンとセリスを怒らせてる。……ルナ、ああいうの、嫌い」


「……ああ、わかってる」


 俺はルナの頭を優しく撫でた。

 彼女たちの行動は、悪意からではないのかもしれない。だが、その純粋な「憧れ」や「献身」が、皮肉にも俺たちの絆に、静かな亀裂を生み出していた。


 甘い言葉と棘ある視線。

 それは、目に見える剣や魔法よりも、遥かに厄介な「混沌」の始まりだった。

 この不穏な空気を抱えたまま、俺たちの旅は、さらに魔族領の奥深くへと続いていく。

 そして、この小さな亀裂が、やがて大きな決裂へと繋がることを、この時の俺は、まだ知る由もなかった。

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