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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第十三章 英雄の喧騒と誓いの言葉

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第223話 二つの影

 王都の喧騒を背に、俺たち六人は南東へと続く街道を進んでいた。

 アーカイメリアでの死闘、そして王都を救ったワイバーンロードとの激戦。息つく暇もない日々の末に、ようやく訪れたはずの平穏。だが、俺たちの次なる目的地は、混沌の使徒の影がちらつく魔族領「嘆きの谷」だ。旅の空気は決して楽観的なものではなかった。


「……それにしても、静かになったな」


 俺がぽつりと呟くと、隣を歩いていたカズエルが肩をすくめた。


「そりゃ、お前らみたいな『英雄様』一行が通るんだ。普通の盗賊なら、噂を聞いただけで逃げ出すだろうさ」


「そういう意味で言ったんじゃない」


 軽口を叩きながらも、俺たちは警戒を解いていなかった。

 数日が過ぎ、街道が森深くなるにつれて、人影はまばらになっていく。


 その時だった。


「……止まれ」


 先頭を歩いていたレオナルドが、静かに手を上げて隊列を制した。彼の鋭い視線が、後方の木々の間に向けられている。


「カイン殿。二つの影が我々をつけてきています」


 セリスもまた《風哭ふうこく》の柄に手を置き、静かに告げた。


「敵意も、殺気も感じられません。ですが……」


 俺たちが振り返ると、街道の少し先、木陰から、二人の若い女性冒険者がおずおずと姿を現した。どちらも、ごく普通の人間のように見える。


「あの、すみません! もしかして、『双冠の英雄』のカイン様……ご一行では……!?」


 栗色の髪を活発に揺らし、そばかすの浮いた顔で、一人が声を弾ませて駆け寄ってきた。その瞳は純粋な憧れでキラキラと輝いている。


「俺はカインだが……」


「やっぱり! 私、リナって言います! 王都でのワイバーンロード討伐、見てました! もう、すっごくかっこよくて……! ファンなんです!」


 あまりの勢いに俺は思わず一歩後ずさる。なんだこの状況は。元の世界で言えば、有名人にばったり出くわしたファンのような反応だ。


「……落ち着きなさい、リナ。皆様を困らせてしまいますわ」


 もう一人の、黒髪を長く束ねた落ち着いた雰囲気の女性が、リナをたしなめながら、カズエルの前に進み出て、丁寧に一礼した。


「『神授の媒介者』カズエル様。私はセリシアと申します。貴方様の王都でのご活躍、そしてそのお知恵、深く尊敬しております」


「はあ……」とカズエルは、どこか面倒くさそうに相槌を打った。


 リナは俺たちの前に回り込むと、勢いよく頭を下げた。


「お願いです! 私たち、絶対に足手まといにはなりませんから! この旅に、どうか同行させてはいただけないでしょうか!」


 その真っ直ぐすぎる願いに、俺は言葉に詰まった。

 ただ純粋な、しかし少々度を越した好意。そんなもの、現世から今に至るまで、ただの一度も向けられたことなどなかったのだから。


「……気持ちはありがたいが、俺たちの旅は君たちが思う英雄譚のようなものじゃない。危険すぎる」


「それでも構いません! 英雄様たちの戦いを、この目で見たいんです!」


 俺がどう断ったものかと悩んでいると、パーティ内の空気が急速に冷え込んでいくのを感じた。エルンとセリスはあからさまに警戒心を露わにし、レオナルドは値踏みするように二人を観察している。


(……やれやれ、困ったことになった)


 俺は仲間たちの顔を、一人一人、見回した。あくまで、決めるのは俺だという雰囲気。英雄と称えられる俺の振る舞いを試されている気さえもした。


「……わかった」


 俺は深く息を吐いてから、口を開いた。リナの顔が、ぱっと輝く。だが、俺は厳しい声で言葉を続けた。


「二つ、条件がある。一つ、同行は次の街までだ。それ以降は別行動をとってもらう。もう一つは、旅の間、俺たちの指示には絶対に従うこと。いいな?」


 リスクを承知で、あえて受け入れる。だが、主導権はこちらが完全に握る。それが俺の出した答えだった。


「はいっ! ありがとうございます!」


 勢いよく頷くリナの隣で、セリシアもまた、静かに深く頭を下げた。

 一見、甘いと見えるかもしれないこの判断が、俺たちのパーティに、新たな「混沌」の種子を植え付けることになるのを、この時の俺は、まだ知る由もなかった。

 不穏な空気をはらんだまま、俺たち八人の、奇妙な旅が始まろうとしていた。

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