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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第十二章 偽りの叡智と王の涙

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222/263

第222話 旅立ちの日

 王都でのつかの間の休息は終わった。

 カインが次の目的地を魔族領の「嘆きの谷」に定めた翌朝、俺たちは再び旅の準備を始めていた。


 レオナルドとセリスは、今回の旅で必要となるであろう、物資を調達するため、王都の市場や職人街へと出かけている。


 俺は屋敷の書斎で、カズエルとエルンが向き合う姿を、少し離れた場所から眺めていた。


「……つまり、この術式は、空気中のマナを直接、光の粒子へと変換しているのですね。精霊を介さずに現象そのものを書き換える……」


「そういうことだ。理式魔術の基本は全てこの『置換』と『変換』の応用にある」


 エルンはアーカイメリアでの一件以来、カズエルに簡単な理式魔術を教えてもらっていた。彼女の瞳は未知の知識を吸収しようと、真剣な輝きを放っている。沈黙を続けるカイランを救うという、確かな目的のために。


 そんな二人の様子を見ていて、俺はふと、以前から気になっていたことを口にした。


「そういえばお前、エルンのことを『エルン殿』って呼んでるけど、何でだ? 」


 俺の問いに、カズエルは、理式の解説をぴたりと止め、面倒くさそうにこちらを振り返った。


「……お前、本気で言ってるのか?」


「本気だが」


「はぁ……」彼は深々と溜息をついた。


「いいか、竹内。見た目は若いが、エルフであるエルン殿は、人間の俺から見れば遥かに年上の、敬意を払うべき相手だ。それが、まず一つ」


 彼の、きっちりとした性格らしい、論理的な答え。だが、それだけではないようだった。


「……それに」と、彼は少しだけ声を潜めた。


「お前、自分の大事なパートナーを、親友の男が気安く呼び捨てにしてたら、いい気はしないだろうが。多少は気も使うんだよ、こっちだって」


 その、あまりにも意外な答えに、俺は一瞬、きょとんとした。

 隣で聞いていたエルンは、くすりと、楽しそうに笑みをこぼした。


「ふふ……。カズエル様、お気遣い、ありがとうございます。ですが、私は、全く気にしておりませんよ。どうぞ、これからは『エルン』と、お呼びください」


「……だ、そうだぞ、カズエル」


 俺も、こみ上げてくる笑いを堪えきれずに言った。


「大事なパートナーって、お前……。俺たち、そういう関係じゃねえよ」


「……うるさい。俺の気遣いを無にするな」


 カズエルは、バツが悪そうにそっぽを向いた。


 そんなやり取りをしていると、台所から、ルナが、保存食用の干し肉を口いっぱいに頬張りながら、ひょっこりと顔を出した。


「みんなー、準備、まだー?」


 その口の周りには、しっかりと油が付いている。どうやら、準備という名のつまみ食いは順調に進んでいるらしい。


 やがて、レオナルドとセリスが大量の物資を抱えて屋敷に戻ってきた。


 全ての準備を終え、俺たち六人は屋敷の門をくぐった。

 今度の旅立ちもまた、人目を忍んで、静かなものになるだろう。俺は、そう思っていた。

 だが――。


「……英雄様たちだ!」


 街路に出た俺たちに気づいた、一人の子供の声。

 それが合図だった。

 市場の商人たちが、荷を運ぶ手を止めて、こちらに頭を下げる。

 家の窓から主婦たちが顔を覗かせ、手を振る。

 修復作業をしていた職人たちが槌を置き、俺たちに感謝の視線を送る。

 その輪は瞬く間に道行く人々すべてへと広がっていった。


「カイン様! どうか、ご武運を!」

「《百閃ひゃくせん》様! あなたの剣に、勝利の女神のご加護があらんことを!」

「ありがとう! 王都を救ってくれて、本当にありがとう!」


 感謝、祈り、尊敬。

 温かい言葉の波が俺たちを包み込む。

 その光景に俺は戸惑いを隠せなかった。現世で常に日陰を歩いてきた俺にとって、これほどの喝采は、あまりにも眩しすぎた。


「……やれやれ。すっかり有名人だな」


 カズエルが照れ隠しのように呟く。


「当然です」と、セリスが誇らしげに胸を張る。


「私たちは、この街を守ったのですから」


 彼女の言葉には王都の守護者としての確かな自負があった。


 やがて俺たちが王都の正門へとたどり着くと、そこには騎士団が整列し、俺たちを待ち構えていた。

 指揮官が高らかに号令をかける。


「英雄たちの出発である! 敬礼!」


 騎士たちの掲げた剣がきらめき、壮麗な光の道を作る。

 その光の中を俺たちは、ゆっくりと歩き出した。


 背後には俺たちを信じ、未来を託してくれた多くの人々の想いがある。

 その重さを、その温かさを、改めて感じる。


 俺は、もう一人じゃない。

 この頼もしい仲間たちと、そして、俺たちを信じてくれる人々がいる限り、どんな困難な道も進んでいけるはずだ。


 俺は、一度だけ王都を振り返り、そして、強く、前を見据えた。

 目指すは嘆きの谷。

 悲劇の谷に本当の救いをもたらすために。

 そして、混沌の使徒との次なる戦いのために。

 俺たちの新たな旅が、今、始まった。


第十二章・完

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