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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第十二章 偽りの叡智と王の涙

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第219話 王子の涙

 王宮の一室は、眩いほどの光と、張り詰めた緊張に支配されていた。

 床に展開された巨大な「解呪の理式」が光を放ち、その中心で椅子に縛り付けられたアーレスト王子の身体が、激しく痙攣を繰り返している。


「ぐ……あああああっ!」


 彼の口から苦悶の叫びが漏れる。その魂の深層で、カズエルが構築した「解呪の理式」と、混沌の使途が植え付けた「論理寄生ウイルス」との、壮絶な戦いが繰り広げられていた。


「抵抗が激しい……! すでに宿主の魂に深く根が張られている!」


 カズエルは汗だくになりながら、術式の制御に全神経を集中させていた。彼の指が空中で複雑な紋様を描くたびに、床の理式がその輝きを増し、アーレストの魂に巣食う闇を内側から焼き尽くそうとする。


「エルン殿、殿下の精神防御を!」


「はいっ!」


 エルンはアーレストの額に手を当てたまま、必死に光の魔力を注ぎ込み続ける。彼女の癒しの力がなければ、アーレストの魂は、この解呪の儀式の負荷に耐えきれず、とっくに崩壊していただろう。


 俺たちにできることは、ただ、この光景を見守ることだけだった。レオナルドも、セリスも、固唾をのんで、二人の術者の戦いと、一人の男の魂の救済を、ただ祈るように見つめている。


 やがて、アーレストの身体から、黒い靄のような禍々しい魔力が、断末魔のように噴き出し始めた。それは、彼の魂に寄生していた論理ウイルスが、ついにその核を破壊され、霧散していく兆候だった。


「……最後だ」


 カズエルは残された最後の魔力を振り絞り、叫んだ。


「命令、論理寄生体、強制排除!」


 その宣言と共に、部屋を満たしていた白い光が、ひときわ強く輝きを放ち、アーレストの身体を完全に包み込んだ。

 そして――。

 光が収まった時、部屋には完全な静寂が戻っていた。


 床の理式の紋様は、その役目を終え、淡い光の粒子となって消えていく。

 カズエルは、その場に膝から崩れ落ち、荒い息を繰り返していた。エルンもまた、疲労困憊ひろうこんばいで、壁に身体をもたせかけている。


 そして、椅子に座らされていたアーレスト王子は……ぐったりと首をうなだれ、完全に意識を失っていた。


「……終わった、のか」


 俺が呟くと、カズエルは、かろうじて頷いた。


「ああ……。ウイルスは完全に駆除した。……あとは、彼自身の魂が目覚めるかどうかだ」


 どれほどの時間が過ぎただろうか。

 儀式の間にいた全員が、固唾をのんで見守る中、アーレストの指先が、ぴくりと動いた。

 ゆっくりと、その顔が上がる。

 虚ろだった彼の瞳に、徐々に、理性の光が戻ってくる。


 彼は混乱したように自分の手を見つめ、そして、部屋にいる俺たち、最後に、扉の傍らで静かに成り行きを見守っていた弟――レオンハルト王の姿を、その目に映した。


「……レオン……ハルト……?」


 かすれた声で弟の名を呼ぶ。

 そして、全ての記憶が奔流となって彼の脳裏に蘇ったのだろう。

 父王ふおうを死に追いやった、あの日のこと。ヴィンドールの言葉を鵜呑みにし、国を誤った方向へ導いたこと。その全てを思い出したのだ。


「あ……ああ……」


 彼の瞳から、一筋、涙がこぼれ落ちた。


「……私……私は、なんてことを……」


 それは号泣ではなかった。ただ、静かに、絶え間なく、その頬を涙が伝っていく。壊れてしまった者が、自らが犯した罪の重さに、ようやく気づいたかのような、あまりにも悲しい涙だった。


 彼は衛兵に支えられながら、ゆっくりと立ち上がると、レオンハルト王の前で、深く、深く、膝をついた。


「……レオンハルト。この私を断罪してくれ」


 その声は震えていたが、迷いはなかった。


「操られていたとはいえ、父上を手にかけたのは、この私だ。それに、今は、はっきりとわかる。誤った道を進んでいたのだと」


 アーレストは自らの罪を償うため、表舞台から完全に退き、終生、幽閉され続けることを自らの意志で、弟である王に懇願した。

 俺たちは、その光景を、ただ、見つめることしかできなかった。

 俺たちが成し遂げたのは、一人の男の救済。しかし、それは、一つの家族の悲しい結末の始まりでもあったのだ。

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