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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第十二章 偽りの叡智と王の涙

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第215話 セイオンの挑発

「……奴は、お前たちに挑発的な『置き土産』を残していったのじゃよ」


 ヴァレリウスの意外なほどに落ち着いた声が、絶望に満ちた静寂を破った。


「……置き土産?」


 俺が聞き返すと、ヴァレリウスは書斎の隅に置かれた、黒い布に包まれた長方形の箱を指差した。


「お前たちが禁書庫の最奥から持ち出した『黒い石版』を、わしが、この書斎に隠した、その数時間後のことじゃった……」


 ヴァレリウスの語りが、あの日の光景を鮮明に描き出す。

 ――書斎の扉が静かにノックされた。ヴァレリウスが応じると、そこに立っていたのはセイオンの側近である、一人の若い神官だった。その目は、一切の感情を映さず、ただガラス玉のように冷たい。


「ヴァレリウス様。筆頭神官セイオン様より、貴殿への預かりものにございます」


 神官は、そう言って、目の前に石の箱を差し出した。ヴァレリウスは、その箱から放たれる、微かだが禍々しい気配に息を呑んだ。


「……これは、一体」


「『禁書庫の防衛理式に脆弱性があることを教えてくれた礼だ。おかげで、より完璧なものへと改良できた。これは、その礼の品。せいぜい、その叡智を有効に活用するがいい』。――以上が、セイオン様からの伝言です」


 若い神官は抑揚のない声でそう告げると、一礼し、音もなく去っていった。残されたのは圧倒的な侮辱と、この石の箱だけじゃった――。


 ヴァレリウスは語り終えると、ゆっくりと箱の上の布を取り払った。

 現れたのは厳重な封印が施された石の箱だった。彼は、その封印を解き、蓋を開けた。

 その中にあったものを見て、俺たちは言葉を失った。


「……石版……!」


 そこにあったのは、俺たちが命がけで手に入れようとしていた、あの「黒い石版」。精神操作の原典理式そのものだった。


 その瞬間、俺の頭の中で、何かが、ぷつりと切れる音がした。

 絶望ではない。底なしの冷たい怒りだった。


「……ふざけているのか、奴は」


 カズエルが眼鏡の位置を直しながら、低い声で呟いた。


「これは贈り物などではない。完全な侮辱だ。『解読の鍵をくれてやる。だが、お前たちに、それを使いこなすことなどできはしまい』……奴は、そう言っているんだ。俺たちを盤上の駒どころか、盤上の飾り程度にしか見ていない」


「なんと……なんと、傲慢な……!」


 レオナルドの拳が怒りにわななく。


「戦士の誇りに対する、これ以上の冒涜はない」


「人の心を弄び、その犠牲の上に築かれた技術を、礼の品として渡すなど……」


 セリスの声が静かな怒りに震える。


「彼の言う『叡智』とは、人の痛みすらも計算式の一つとしか見ない、冷たい数字の羅列なのですか」


「……許せません」


 エルンは、ただ一言、そう呟いた。だが、その声には、彼女がこれまでに見せたことのない、強い拒絶の意志が込められていた。


「あいつ、サイテー! 人の気持ち、なんにもわかってない!」


 ルナもまた、小さな牙を剥き出しにして怒りを露わにした。


 仲間たちがセイオンの傲慢さに憤る中、俺の心の片隅には、どうしても拭えない違和感がこびりついていた。

 確かにカズエルの言う通り、これは究極の侮辱だ。だが、それだけだろうか?

 勝利を確信した者の余裕にしては、あまりにも悪趣味すぎる。まるで、俺たちがこの石版を前に絶望し、怒り、そして解読に挑む……その過程の全てを、高みから眺めて楽しんでいるかのようだ。

 その思考に至った瞬間、俺は背筋に氷を差し込まれたような悪寒を覚えた。俺たちが戦っている相手は、単なる知略家や権力者ではない。人の感情そのものを娯楽として消費する、根本的に異質な価値観を持つ存在なのではないか。

 その底知れない不気味さが、俺に怒り以上の感情を抱かせた。


(……やってやる)


 俺は自分の口元が、不敵な笑みを浮かべていることに気づいた。


(いいだろう、セイオン。その挑発、受けて立つ)


 俺は黒い石版の前に立った。


「ヴァレリウス様。この部屋を、しばらくお借りします」


「……無論じゃ。好きに使うがいい」


 俺は仲間たちに向き直った。


「皆。俺たちは確かに奴に一杯食わされた。だが、奴のその傲慢さのおかげで、俺たちは、今、武器を手に入れたんだ」


 俺は黒い石版を強く指差した。


「こいつを解読し、解呪の理式を作り上げる。そして、奴の鼻を明かしてやる。嘆きの谷の魔族たちも、アーレスト王子も、俺たちの手で必ず救い出す」


俺の言葉に、絶望に沈んでいた仲間たちの瞳に、再び闘志の光が灯った。


カズエルが石版の前に進み出る。


「これは……無理だなんて言ってられないな。エルン殿、手伝ってほしい。まず、この石版にかけられている、多重の保護理式を解除しよう」


「はい!」


 カズエルが術式を展開し、エルンが補助の光を灯す。二人の天才による、悪意に満ちた叡智への挑戦が静かに始まった。


 俺は石版を見つめた。


「見ていろよ、セイオン。お前が仕掛けた、その、たちの悪いゲーム。必ず俺たちが、ひっくり返してやる」

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