第213話 訪れる不安
アーカイメリアへと続く道は以前と何も変わらなかった。
まるで定規で引かれたかのように整然と木々が並び、川は人工的なカーブを描いて流れている。だが、一度その真実を知ってしまった俺たちの目には、その完璧すぎる風景が、かえって不気味なものとして映っていた。
「……空気が重い。前回とは比べ物にならん」
都市の巨大な正門を前にして、レオナルドが低い声で呟いた。彼の戦士としての本能が、この場所に満ちる見えざる敵意を敏感に感じ取っている。
「ええ。まるで都市全体が私たちを観察しているかのようです」
セリスもまた、《風哭》の柄にそっと手を置き、警戒を解いていない。
「問題は、どうやって中に入るか、だな」
俺が言うと、カズエルは腕を組んだまま冷静に答えた。
「いや、入ること自体は、おそらく問題ない」
「どういう意味だ?」
「奴らのやり口を考えろ。俺たちがここまで来て、門前払いを食らったとする。それは、奴らが俺たちを『脅威』だと、公に認めたことになる。プライドの高い、あのセイオンという男が、そんな無様な手を打つとは思えん」
カズエルの分析は的確だった。
「奴らは俺たちを招き入れるはずだ。自分たちのテリトリーに誘い込み、その上で完璧に叩き潰す算段だろう。……これから始まるのは、そういう、たちの悪いゲームだ」
その言葉に俺たちはゴクリと喉を鳴らした。
覚悟を決めて、俺たちは黒曜石でできた巨大な正門へと向かった。
門を守るローブをまとった二人の「門番」が、感情の読めない目で俺たちを見据える。
「身分を証明されたし」
その機械のように平坦な声に、カズエルが一歩前に出た。彼は以前と同じように水晶でできた認識票を提示する。
「元・第七書庫付き、三等神官カズエル。及び、その同行者だ。筆頭神官セイオン様に謁見を願いたい」
カズエルは、あえて黒幕の名を口にした。こちらの目的を隠す気がないことを、堂々と示したのだ。
門番の一人が杖の先から放った光で認識票をスキャンする。光は一瞬、緑に点滅した。
俺たちの間に緊張が走る。
ここで拒絶されるか、あるいは警報と共に兵士たちが現れるか。
だが――。
「……認証確認。よろしい。門を開放する」
門番は、こともなげにそう言うと、交差していた杖を解いた。俺たちが六人いることにも、その目的にも、何一つ問いただそうとはしない。
重々しい音とともに、黒曜石の門が、ゆっくりと内側へと開かれていく。
(罠だ。これは、あまりにも見え透いた罠だ)
俺の背筋を冷たい汗が伝う。
(奴らは俺たちが入ってくることを最初から分かっている。そして、歓迎すらしている)
俺たちは静寂と秩序に支配された、白亜の都市へと再び足を踏み入れた。
道は白い石畳で塵一つなく、行き交う神官たちは俺たちに一瞥をくれるだけで、すぐに自らの思索の世界へと戻っていく。
だが、その無関心が、今はかえって俺たちを監視する巨大なシステムの一部のように感じられた。
「……カイン、みんな、こっちを見てる気がする」
ルナが不安そうに俺のローブを強く握る。
「ああ。この都市の全てが敵の目だと思った方がいい」
俺たちはカズエルに導かれ、都市の中央にそびえる『大書庫』へと向かった。
道中、誰一人として、俺たちを止める者はいなかった。
その事実が、敵の揺るぎない自信と、俺たちを待ち構える罠の深さを雄弁に物語っていた。
俺たちは巨大な書庫の扉の前に立ち、そのスケールに改めて圧倒されていた。
カズエルは懐かしいような、それでいて苦々しいような、複雑な表情で、その建物を見上げている。
「まずはヴァレリウス様に会う。彼が無事かどうかで、今後の動きも変わってくる」
カズエルの言葉に俺たちは頷いた。
この静かすぎる都市で、唯一の味方である老神官。彼の安否が、俺たちの最初の懸念だった。
俺たちは敵の視線を背中に感じながら、知の迷宮の、その入り口へと再び足を踏み入れた。




