第211話 俺の答え
王宮から屋敷へと戻った後、俺たちは、それぞれの時間を過ごしていた。
レオナルドとセリスは、黙々と剣の手入れを。エルンは、静かにハーブ湯を淹れ、ルナは、その隣で、買ってもらったお菓子を大事そうに食べている。カズエルは、窓の外を眺めながら、何かを深く思考していた。
王への報告を終え、王国という強大な後ろ盾を得た。だが、俺たちの心は決して晴れやかではなかった。敵の正体とその思想の根深さを知れば知るほど、この戦いの困難さが重くのしかかってくる。
やがて、俺は、その重い沈黙を破るように、静かに口を開いた。
「……なあ、皆」
仲間たちの視線が一斉に俺へと集まる。
「この世界に来てから、ずっと、ざわつき続けている。エルフの森でも、王都でも、魔族領でも。何が正しくて、何が間違っているのか、正直、時々分からなくなる」
俺の独白を、仲間たちは、ただ黙って聞いてくれている。
「混沌の使徒……筆頭神官セイオンは、『世界の進化のため』だと言った。奴らのやっていることには、奴らなりの『正義』があるのかもしれない。俺がやっていることも、見方を変えれば、ただの世界の秩序を乱す『異物』の行動なのかもしれない」
俺は、そこで一度、言葉を切った。そして、仲間たち一人一人の顔を見回し、自らが見つけ出した、たった一つのシンプルな答えを口にした。
「……けれどな。どんなに立派な理屈を並べたところで、人の心を弄んでまで、自分たちの思想を押し付ける神官は、この世界にいない方がいい。それが、今の俺の素直な気持ちだ」
その、あまりにも単純で飾り気のない言葉。
だが、それこそが、俺たちの進むべき道を照らす唯一の光だった。
「……全くだ」
カズエルが、静かに同意する。
「奴らのやり方は論理的ではあっても、合理的ではない。無用な犠牲と混乱を生むだけの欠陥システムだ。修正ではなく、削除が妥当だな」
「ああ。人の心を駒として弄ぶ者に世界を語る資格はない。俺の剣は、お前のその答えのためにある」
レオナルドの瞳に戦士としての揺るぎない炎が灯る。
「はい。それが、弱き者を守るための最も純粋な正義だと、私も信じます」
セリスの言葉には一点の曇りもなかった。
「ええ……。どんなに崇高な理屈を並べても、人の心を傷つける行いは精霊の望む調和とは相容れません」
エルンは、そう言って、優しく微笑んだ。
「うん! 悪い奴らは、やっつけなきゃダメなんだよ!」
ルナが、元気よく言い切った。
仲間たちの言葉が、俺の心に、温かく、深く沁み渡っていく。
もう、迷いはない。
俺たちが戦う理由は、王の勅命でも、世界の進化のためでもない。
ただ、目の前の、当たり前の日常と、仲間たちの笑顔を守るため。
そのために、俺たちは、あの偽りの叡智に立ち向かうのだ。
俺はテーブルの上に広げられた、アーカイメリアの地図を見つめた。
「準備ができ次第、出発する。今度こそ、決着をつける」
俺の言葉に仲間たちの力強い頷きが返ってくる。
王都での激戦は、俺たちの結束を、より一層、固く、そして強くした。
次なる戦いの地、学術都市アーカイメリアへ。
俺たちの反撃が、ここから始まる。
第十一章・完




