第207話 怒れる魔獣
大地を揺るがす轟音と共に、ワイバーンロードの巨体が中央広場の石畳へと墜落した。カズエルの張った理式障壁が、衝撃波を受けてガラスのように砕け散る。舞い上がる砂塵が俺たちの視界を覆い尽くした。
「……やったか!?」
俺が叫ぶが、砂塵の向こうから、絶望を告げるかのような咆哮が再び轟いた。
「ギシャアアアアアッ!!」
砂塵が晴れた先にいたのは、片翼を無残に引き裂かれながらも、その憎悪に満ちた瞳で、爛々《らんらん》とこちらを睨みつけるワイバーンロードの姿だった。地に落ちたことで、その脅威が減じたわけではない。むしろ、その巨体から発せられる怒りと殺気は先ほどよりも遥かに濃密になっていた。
「まだだ! ここからが本番だ!」
俺は仲間たちに檄を飛ばす。
「レオナルド、セリス!奴の首を落とすんだ!」
「応!」
「お任せください!」
その号令を待っていたかのように、二人の剣士が動いた。
カズエルからの《天恵変換》によって、尽きることのないスタミナをその身に宿したレオナルドと、自らの技量のすべてを信じる《百閃》のセリス。二つの閃光が、地を蹴り、墜ちた竜王へと襲いかかる。
「まずは、その牙を折る!」
レオナルドがワイバーンロードの巨大な顎へと、敢えて正面から突っ込む。噛み砕こうと迫る牙を、二対の短剣で内側から弾き、受け流す。その腕力は常人のものではない。
「セリス!」
レオナルドが敵の注意を引きつけている、その一瞬。
セリスの姿が霞のように消えた。彼女はワイバーンロードの巨体の下を潜り抜け、その足元へと回り込む。
「《風哭》よ、その脚を断て!」
風を纏った彼女の一閃が、巨体を支える後ろ脚の腱を的確に断ち切った。
「グオッ!?」
体勢を崩したワイバーンロードが、その巨大な尻尾を薙ぎ払う。
「カイン、レオナルド、避けて!」
ルナの警告が飛ぶ。俺とレオナルドは即座に後方へと跳躍し、石畳を砕く一撃を回避した。
「いけるわ!」
エルンが杖を構え、光の魔力を収束させる。
「光の精霊イルディアよ! 巨大な敵を穿つ熱線となれ——《終光》!
彼女の杖から、収束された不可視の光がワイバーンロードの身体へと向かった。
内臓を焼かれたワイバーンロードは、認識できぬ痛みに身をよじり、熱線の軌道から逃れた。。
ワイバーンロードの憎悪に満ちた視線がエルンへと向けられた。自分を傷つけた相手を本能的に察知したのだ。その巨体から、純粋な殺意の波動が迸る。その口元に、再び雷の魔力が収束していった。
「カズエル!」
「分かってる!――理式障壁、再展開!」
カズエルの前に再び半透明の壁が出現するが、先ほどの墜落の衝撃で、彼の魔力も万全ではない。障壁は、わずかに揺らいでいた。
その瞬間、セリスが動いた。
「私が止めます!」
彼女はワイバーンロードの頭部へと駆け上がると、その硬い鱗の上を滑るように走り、放電の邪魔をするように、顔の前で《風哭》を閃かせた。雷のブレスは狙いを外れ、空しく空へと放たれた。
「今しかない!」
俺は全ての神経を集中させた。ルナが、その瞳に未来の軌道を映し出す。
「カイン! ……首の付け根、真下だよ!」
「任せろっ!」
俺はルナが示した、何もない空間へと、ありったけの魔力を込めた《蒼閃》を放った。
ワイバーンロードはセリスを振り払おうと、大きく首をのけぞらせる。そして、その動きが最高潮に達し、一瞬だけ停止した場所――そこは、まさに俺が《蒼閃》を放った、その軌道上だった。
ザンッ、と肉を断つ鈍い音が響く。
蒼き水の刃は、ワイバーンロードの硬い鱗をものともせず、その首の付け根を深々と切り裂いた。
「ギ……シャ……ア……」
最後の咆哮を上げることもできず、ワイバーンロードの巨大な瞳から、光が消えていく。
その巨体はゆっくりと横へと傾き、地響きを立てて倒れたあと、完全に沈黙した。
静寂が広場を支配する。
残されたのは、俺たちの荒い呼吸と、遠くで上がる、住民たちの声にならないどよめきだけだった。
俺たちは勝ったのだ。
王都を襲った巨大な絶望に。
ただ六人の力で。
俺は仲間たちを見回した。魔力も体力も尽き、疲弊している。だが、その顔には、確かな勝利の輝きがあった。




