第206話 王都防衛戦
王都ロルディアは燃えていた。
俺たちが城門へと駆け込むと、そこは地獄のような惨状だった。建物の屋根は崩れ落ち、あちこちから黒い煙が立ち上っている。人々は悲鳴を上げて逃げ惑い、王都騎士団が必死に避難誘導と、そして、空への迎撃を試みていた。
「上だ!」
レオナルドの叫びに、俺たちは空を見上げた。
巨大な影が王都の上空を支配していた。黒鉄の鱗に覆われた巨体、翼竜よりも遥かに大きく凶悪な姿。その口からは、時折、雷のブレスが放たれ、いとも容易く石造りの建物を砕いていく。
「……ワイバーンロード……! なぜ、こんな場所に伝説級の魔獣が……!」
エルンが息を呑んでその名を呟いた。
俺たちは騎士団の臨時指揮所へと急いだ。指揮官である壮年の騎士は、俺たちの姿を認めると、安堵と絶望が入り混じった顔で駆け寄ってきた。
「カイン殿! 来てくれたか! 見てくれ、この惨状を。我々の矢も、魔法も、あいつの硬い鱗には届かん! このままでは街が……!」
「状況は理解しました。下がって負傷者の救護を」
俺は指揮官の肩を強く叩いた。
「――ここからは俺たちが引き受けます」
俺たちは被害が最も大きい中央広場へと向かった。そこは、奴を迎え撃つには、うってつけの開けた場所だった。
「作戦通り、奴の注意を俺たちに引きつける。カズエル!」
「ああ、任せろ!」
カズエルは広場の中央に立ち、素早く術式を展開していった。
「理式障壁、展開! 全方位、対魔力・対物理、両面防御!」
彼の理式が発動し、俺たち六人を中心として、半透明のエネルギードームが瞬時に形成される。
その時、俺たちに気づいたワイバーンロードが、甲高い咆哮を上げて、こちらへと向き直った。
「来るぞ!」
「ルナ、頼む!」
「うん!ソリュ・ミナ・フェイ、リュン……《感知の魔眼》!」
ルナは感知の魔法で敵の動きを捉える。
「光の精霊ルミナよ、我が魔力を代償とし、聖なる光の矢を放て——《ルミナス・レイ》!」
エルンの杖から、光の矢が力強く放たれ、正確にワイバーンロードの巨大な翼へと吸い込まれていった。
ギャオオオオッ!
硬い鱗に阻まれたものの、聖なる光の衝撃が、その翼の膜を傷つけ、焦がしていた。
「効いてる!」
「カイン、来るよ! 右に避けて、喉元、光ってる!」
ルナの警告と同時に、ワイバーンロードが雷のブレスを吐き出す。俺たちは直撃を避けるため左右に散開し、その一撃を回避した。雷撃が、カズエルの展開した障壁に激突し、バチバチと激しい音を立てて霧散する。
「くそ、なんて威力だ……!」
「結界が軋んでる! 次は防ぎきれるか、危うい!」
ワイバーンロードは自らの翼を傷つけるエルンを、明確な敵と認識したようだった。その巨大な頭が彼女へと狙いを定める。
だが、その動きも、ルナの目からは逃れられない。
「エルンが狙われる! その次、カインのところに尻尾が来るよ!」
「分かった! 俺の番だな!」
俺はルナが指し示す、ワイバーンロードが次に来るであろう、何もない空間に狙いを定めた。
「ルナの予測を信じる!――ウンディーヴァよ、蒼き閃光となりて、迸れ! 《蒼閃》!」
俺の手から放たれた水の刃が、何もないはずの空間を切り裂く。
その直後、雷のブレスを吐き終えたワイバーンロードが、体勢を立て直すために、まさにその場所へと翼を広げた。
ザシュッ!
《蒼閃》は、寸分の狂いもなく、傷ついた翼の、まさに付け根の最も脆い部分を、深々と切り裂いた。
「ギシャアアアアアアアアッ!!」
これまでにない絶叫。
ワイバーンロードは片翼から血を噴き出しながら、大きく体勢を崩した。その巨体が制御を失い、錐揉みしながら、俺たちのいる中央広場へと墜落してくる。
「結界、最大出力!」
カズエルが叫ぶ。
俺たちは大地を揺るがす轟音と衝撃に備え、墜ちてくる巨大な絶望を、ただ睨みつけていた。




