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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第十一章 混沌の使徒

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第204話 苦渋の決断

 罠だと分かっていても、王都の危機を見過ごすことはできない。

 その事実は解呪への道筋が見え始めた俺たちの心に、重い枷となってのしかかった。禁書庫の最奥部、張り詰めた空気の中で、俺たちは究極の選択を迫られていた。


「……戦略的には、ここに残るのが正解だ」


 長い沈黙のあと、最初に口を開いたのはカズエルだった。彼は感情を押し殺した、冷徹な分析者の顔をしていた。


「敵の狙いは、俺たちをここから引き離すこと。その陽動に乗れば、戦術的には俺たちの敗北だ。解呪の理式という、この戦争の根幹を覆しかねない最大の武器を、俺たちは自ら手放すことになる」


 彼の言葉は、あまりにも正しく、そして、あまりにも冷たかった。

 その正論に、レオナルドが静かに反論する。


「理屈の上では、そうかもしれん。だが、お前たちはロルディアの民に『英雄』と呼ばれた。その信頼を捨て、王国を見殺しにすると言うのか。目の前の危機から目を背け、大義のために民を犠牲にする。それは、果たして英雄の道か?」


「それでも」とカズエルが声を強める。


「ここで解呪法を見つけなければ、敵の思惑通り、戦争が世界中で繰り返されることになる」


 二人の意見は、どちらも間違っていない。

 長期的な大義か、目の前の人命か。

 仲間たちの視線が、リーダーである俺に、最後の決断を求めるように突き刺さる。


 俺は、一度、固く目を閉じた。

 脳裏をよぎるのは、筆頭神官セイオンの思想。『世界の進化のため』という大義を掲げ、人の心を弄び、犠牲にすることをいとわない、歪んだ叡智。


(……同じだ)


 もし俺が、ここで王都を見捨てれば。

「解呪」という大義のために、王都の民の犠牲を「仕方ない」と切り捨てれば。

 その瞬間に、俺は、「混沌の使徒」と、同じ理屈の上に立つことになる。


「……行こう」


 俺の口から、静かに、揺るぎない言葉が漏れた。


「王都へ、戻る」


「カイン……!」


 カズエルが何かを言おうとするのを俺は手で制した。


「お前の言う通りだ、カズエル。これは戦術的には敗北だ。敵の罠に、まんまと嵌ってやることになる。けれど」


 俺は、仲間たち一人一人の顔を見回した。


「俺は、俺たちが守りたいもののために、敵と同じ理屈で戦うつもりはない。犠牲を前提とした勝利なんて、クソ喰らえだ」


 それは賢者でも英雄でもない、ただの竹内悟志としての心の底からの叫びだった。


「罠だと分かっていて、真正面から飛び込んでやる。そして、魔獣を討ち取り、王都を救う。その上で、必ずここへ戻ってきて、解呪の理式も手に入れる。……遠回りになるかもしれない。無茶苦茶な理屈かもしれない。でも、俺は、その両方を諦めたくない」


 俺の言葉にカズエルは、しばらく呆気に取られたような顔をしていたが、やがて、ふっと息を吐き、昔のように笑った。


「……やれやれ。馬鹿なリーダーを持つと苦労するぜ。……だが、嫌いじゃない。その無茶な理屈、どこまでサポートできるか試してみるか」


 仲間たちの顔から迷いが消えた。

 俺たちは最も困難で、最も無謀な道を全員で選んだのだ。


 決断が下されれば行動は早かった。俺たちは急ぎヴァレリウスの元へと戻り、事情を説明した。


「……そうか。それが、お前たちの出した答えか」


 彼は俺たちの決断を咎めることなく、ただ静かに頷いた。


「ヴァレリウス様。この石版と、これまでの研究記録を、お預けしてもよろしいでしょうか。俺たちが戻るまで、どうか……」


「案ずるな」と老神官は、俺の言葉を遮った。


「賢者よ、お前たちの選んだ道、確かに見届けた。ここはわしが命を賭して守ろう。……行け。そして、必ずや、生きて戻られよ」


 老神官の力強い言葉に背中を押され、俺たちは禁書庫を後にした。

 アーカイメリアの整然とした、しかしどこか冷たい街並みを、俺たち六人は、王都へと向かって駆け抜けていく。


 罠だと知って、なお進む。

 それは愚かなことかもしれない。

 だが、その愚かさこそが、俺たちを俺たち自身たらしめる、最後の砦なのだと、俺は強く信じていた。

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