第20話 アクレアの森の試練
翌朝、俺はエルドレアに指定された神殿の前に立っていた。エルンから渡された簡素な革袋には、最低限の食料と装備が詰め込まれている。石のように硬いパン、塩辛い干し肉、水筒、そして簡単なナイフと火打ち石。これだけで、未知の森を生き延びなければならないらしい。
足元では、ルナが不安げに俺のローブの裾をくんと引いた。
「……カイン、こわくない?」
「ああ。これも、賢者として認められるために必要なことらしいからな」
俺のそばには、見送りのためにエルンとライル、そして試練の宣告者であるエルドレアが立っていた。
「カインよ。お前に課す次なる試練は『森の守護者の証明』だ」
「目的地はアクレアの森の最奥、『精霊の泉』。そこへ至る道はない。森そのものに認められ、聖なる水を持ち帰ってこい。成し遂げた時、我ら長老会も貴殿を森の一員として認めよう」
「お前の覚悟をその身で示すのだ」
エルドレアが厳かな声で告げる。
「精霊の泉……?」
「森の奥深くにあり、強い魔力を持つ泉だ。その水は神聖な力を宿し、森の生命と直結している。しかし、簡単にたどり着ける場所ではない」
俺は深く息を吸い込んだ。これは単なる探索任務ではない。俺自身の感覚と生存能力が問われる、純粋なサバイバルだ。
「なるほどな。受けて立とう」
俺の決意に、エルドレアは静かに頷いた。
「この試練を乗り越えれば、長老会もあなたを無視できなくなる。健闘を祈ります」
エルンはそう言って、俺に期待の眼差しを向ける。
俺は足元にじゃれつく、ルナを見下ろした。視線に気づいたルナが言葉を返す。
「カインと、いく」
しかし、エルドレアは静かに首を振った。
「この試練は、一人で成し遂げるものだ。ルナ、お前の同行は認められない」
「そんな! なんで!」
ルナは驚き、俺の足元にぴたりと寄り添った。「カインと……一緒がいい……」
「ルナ、お前の気持ちは嬉しいが、これは俺自身が乗り越えなければならない試練なんだ。俺が、この森で生きていく覚悟を示すためのな」
俺が優しくルナの頭を撫でると、ルナは不満そうに鼻を鳴らしたが、やがて何かを決意したように顔を上げた。
「……わかった。カインが賢者の試練にいくなら、ルナも、ルナの試練をする」
「試練?」
「うん。ルナ、仲間のところへ戻る。みんなに、ケガが治ったこと、それに……カインっていう、すっごい仲間ができたことを報告する!」
その言葉には、もう甘えはなかった。ルナもまた、自分の足で立つことを決めたのだ。
ルナは名残惜しそうにしながら、俺の腕を軽く舐めた。
「カイン、絶対に戻ってくるから。だから、カインも絶対、無事で戻ってきて」
「ああ、約束だ。お互いに、やるべきことをやろう」
ルナは一度だけ振り返って力強く頷くと、森の奥へと駆けていった。その小さな背中が、あっという間に見えなくなる。
「さて、俺もやるか……」
俺は仲間たちに見送られ、アクレアの森の入り口へと向かった。
一歩足を踏み入れた瞬間、空気がひんやりと変わった。木々が生い茂り、陽光は遮られ、見通す先は薄暗い。まるで森そのものが、侵入者である俺を試しているかのような、重い圧力を感じる。
(一人きりになったのは、なんだか久しぶりだな……)
そう思った時、ふと、ルナのことが心配になったが、すぐにその思いを振り払う。
(あいつも、自分の道を選んだんだ。俺も、俺の道を進まないとな)
自分にそう言い聞かせ、俺は深く、暗い森の奥へと足を踏み出した。
風が止み、鳥の声が消える。代わりに、何かの気配が肌を撫でた。
(何かいる……?)
俺は腰のナイフに手をかけ、慎重に周囲を警戒した。
孤独な試練が、今、本格的に始まった。




