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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第十一章 混沌の使徒

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第197話 混沌の輪郭

「――『混沌の使徒』について」


 ヴァレリウスの口から放たれたその言葉に俺たちは息を呑んだ。書斎の空気は、彼の静かな、しかし重い声によって、一瞬にして張り詰める。


「奴らは、元々はこの都市の理想を追求する純粋な探求者の一団じゃった。世界の理を解き明かし、その先にある真理へと至ろうとする、我々と同じ……いや、我々以上に熱心な者たちの集まりじゃった」


 彼は遠い過去を思い出すように、一度目を伏せた。


「だが、その探求が行き過ぎた。奴らは、ある結論に達してしまった。『世界は、静止し、安定した時にこそ、緩やかに腐敗していく。真の進化とは、破壊と創造、闘争と調和、その両極のダイナミズムの中にしか存在しない』……奴らは、本気でそう信じておる」


「……なんて歪んだ思想だ」


 レオナルドが低い声で吐き捨てる。


「うむ。奴らは自らが神に代わり、世界に『試練』を与えるべきだと考え始めた。停滞した文明には争いを、堕落した国家には内乱を。人為的に『混沌』を引き起こし、世界を強制的に次のステージへ進化させる。それこそが、至高の叡智だと信じておる」


 ヴァレリウスは、そこで俺とカズエルを交互に見つめた。


「そのための最も効果的な手段として、奴らが研究を重ねてきたのが、禁術……『異世界召喚』じゃ。予測不能な『異物』をこの世界に投入すること。それこそが、最も劇的な『ざわめき』を生むと、奴らは考えた」


 その言葉は俺とカズエルの存在そのものが、奴らの計画の一部であったことを、決定的に示していた。俺たちがこの世界で出会い、戦い、何かを変えようとすること、その全てが、奴らの手のひらの上で踊っているに過ぎなかったのかもしれない。


「そして、その『混沌の使徒』を率いているのが……かつて、このアーカイメリアで、賢者カイランと並び称されたほどの天才じゃ」


 ヴァレリウスの声が、一層低くなる。


「筆頭神官、セイオン。穏やかな笑みの裏に、底知れぬ野心と、自らの正義を微塵も疑わぬ、冷徹な精神を隠し持った男。お前をこの地に呼び寄せたのも、十中八九、その男じゃろう、カズエル」


「……ええ。俺を最初に歓迎した、あの神官です」


 カズエルは苦々しく頷いた。


「そんな……」エルンが、か細い声で呟く。


「では私たちは、どうすれば……。彼らは、この都市の中枢にいるのでしょう?」


「その通りじゃ。賢人会議にも、奴らの息のかかった者が数多くおる。我々穏健派が表立って動けば、即座に潰されるじゃろう。奴らは自分たちの研究と思想のためなら、どんな犠牲もいとわぬ」


 絶望的な状況。敵は、この知の殿堂そのものに巣食う、巨大な癌だった。

 俺たちの力だけで、どうにかなる相手ではないのかもしれない。

 だが俺は諦めるわけにはいかなかった。


「ヴァレリウス様」


 俺は、一歩前に出た。


「嘆きの谷で、心を壊された魔族たちがいました。彼らは、今も、解けぬ呪いの中で苦しんでいるはずです。彼らを救う方法はありませんか?」


 俺の問いにヴァレリウスは、わずかに目を見開いた。そして、何かを試すように俺の瞳の奥をじっと見つめた。


 やがて、彼は静かに頷いた。


「……道が、一つだけあるやもしれん」


 彼の視線が書斎のさらに奥、厳重な封印が施された、一際ひときわ大きな扉へと向けられる。


「この大書庫の最深部……『禁書庫』。そこに、奴らが用いた精神干渉の原典となった理式が眠っている。それを解読できれば、あるいは……解呪の道筋も見えるやもしれん」


「禁書庫……」


「ただし、そこへ至る道は混沌の使徒たちが作り出した、無数の罠と防衛理式によって閉ざされておる。生きてたどり着ける保証は、どこにもない」


 それは、あまりにも危険な賭けだった。

 だが俺たちの目には、もう迷いはなかった。


「……感謝します、ヴァレリウス様。俺たちが進むべき道が見えました」


 俺の言葉に仲間たちが力強く頷く。

 危険が待ち受ける禁断の書庫へ、俺たちは歩み出そうとしていた。

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