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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第十一章 混沌の使徒

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第195話 アーカイメリア

 俺たちは丘の上から、静かにその異様な都市を見下ろしていた。

 天を突く白亜の塔々。塔の間を結ぶ、水晶の橋。寸分の狂いもなく設計された、完璧な幾何学模様の街並み。

 それは、あまりにも美しく、そして、あまりにも生命感に欠けた光景だった。


「……行くぞ」


 俺の言葉に仲間たちは静かに頷いた。

 俺たちは丘を下り、都市へと続く一本道を進んでいく。


 アーカイメリアの正門は巨大な一枚の磨かれた黒曜石でできていた。その門を守っていたのは、屈強な戦士ではない。深いローブをまとった、二人の「門番」だった。彼らは俺たちの姿を認めると、感情の読めない目で、静かに杖を交差させた。


「身分を証明されたし。アーカイメリアは、知の探求者以外の立ち入りを許さない」


 その声は、まるで機械のように平坦だった。

 カズエルが、一歩前に出る。彼は懐から、水晶でできた小さな認識票を取り出した。


「元・第七書庫付き、三等神官カズエル。及び、その同行者だ。緊急の調査案件につき、入場の許可を願う」


 門番の一人が、杖の先から放った光で認識票をスキャンする。光は一瞬、緑に点滅した。


「……認証確認。同行者の目的を述べよ」


「世界の理を蝕む『混沌』の調査。そして、その解呪の理式の探求。この都市の『賢人会議』も、無視できないはずの問題だ」


 カズエルの言葉に門番はしばらく沈黙したが、やがて交差した杖を解いた。


「……よろしい。門を開放する。だが、覚えておくがいい。この都市では、知こそが法であり、秩序だ。それを乱す者は誰であろうと裁きを受けることになる」


 重々しい音とともに、黒曜石の門が、ゆっくりと内側へと開かれていく。

 俺たちが足を踏み入れた先は、静寂と秩序に支配された世界だった。


 道は白い石畳で塵一つなく、等間隔に植えられた木々は、まるで芸術品のように枝葉を整えられている。行き交う人々は様々な種族であったが、その誰もが、分厚い本を抱え、あるいは空中に術式を浮かべながら、自らの思索に深く没頭している。ここでは大きな声で話す者も、走り回る子供の姿も、一切なかった。聞こえてくるのはページをめくる音、ペンが羊皮紙を滑る音、そして、魔力炉が発する、低く、規則的な唸りだけ。


「……なんだか、息が詰まるな」


 レオナルドが周囲を警戒しながら低い声で呟いた。


「ああ。街というより、巨大な研究室か、あるいは墓場のようだ」


「精霊たちの声がしない……」


 エルンもまた、不安げに杖を握りしめていた。


「恐れているのとは違う。まるで、この場所では、精霊の存在そのものが『不要なもの』として、排除されているような……」


「うん……みんな、心の中が、ぐるぐるぐるぐる、ずっと何かを考えてる。楽しいとか、嬉しいとか、そういうのが全然ない。変な感じ……」


 ルナもまた、居心地悪そうに、俺のローブの裾を握っていた。


 この完璧すぎる秩序。それは、強大な力によって維持された、歪んだ調和の形なのかもしれない。


 カインは、この都市の光景に、元の世界の何かを思い出していた。

 静かで、清潔で、誰もが黙々と自らの作業に没頭する、巨大なサーバー室。そこには膨大な情報と、冷たい論理だけがあった。


「カズエル、どこへ向かう?」


「まずは俺のいた『大書庫』だ。そこに、俺の唯一の協力者がいる。彼なら、俺たちに力を貸してくれるはずだ」


 カズエルに導かれ、俺たちは都市の中央広場へとたどり着いた。

 その中心に、ひときわ巨大な、神殿と見紛うほどの壮麗な建物がそびえ立っていた。アーカイメリアの知の心臓部『大書庫』だ。


 俺たちは、その巨大な扉の前に立ち、スケールに圧倒されていた。

 カズエルは懐かしいような、それでいて苦々しいような、複雑な表情で、その建物を見上げていた。


「ここからが本番だ。この奥に、この都市の光と、そして……」


 彼の声が、わずかに沈む。


「根深い闇が、眠っている」

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