第194話 知の殿堂へ
王都の屋敷での作戦会議から、一夜が明けた。
朝日が差し込む中庭に、俺たち六人は旅支度を整えて集まっていた。その顔ぶれは、これまでのどの旅とも違う、まさに精鋭と呼ぶにふさわしいものだった。
「準備はいいな、皆」
俺の言葉に仲間たちが力強く頷く。
出発の直前、王宮からの使者が、レオンハルト王からの最後の伝言を届けに来た。
「国王陛下より、『君たちの勇気と決断に、王国の未来を託す。どうか、生きて帰還されよ』とのお言葉です」
その言葉の重みを受け止め、俺たちは王都を後にした。
目指すは、世界の理を探求する者たちが集う場所。
学術都市アーカイメリア。
道中、俺たちの隊列は自然と役割分担ができていた。
先頭に立つのはレオナルドとセリス。二人の剣士は互いに言葉を交わさずとも、呼吸を合わせるようにして周囲の気配を探り、道を切り開いていく。その後ろに俺とカズエル。そして、エルンとルナが続く。
夜、野営の焚き火を囲みながら、カズエルが地図を広げた。
「アーカイメリアは、どの国にも属さない中立都市だ。だが、その門は、全ての者に開かれているわけではない。入るには相応の資格か、あるいは紹介状が必要になる」
「お前の神官見習いの身分で入れるのか?」と俺は尋ねた。
「ああ、問題ない。だが、都市の中では常に誰かに見られていると思ってくれ。奴らは異物を観察し、分析することに長けている。俺たちの行動は筒抜けになる可能性が高い」
「混沌の使徒……」
レオナルドが低い声で呟く。「奴らは、どれほどの力を持っているんだ?」
「個々の戦闘能力は未知数だ」とカズエルは答えた。
「だが、奴らの真の恐ろしさは直接的な戦闘力じゃない。人の心を操り、社会のルールそのものを利用して、じわじわと毒のように侵食してくる、その知性だ」
その言葉にエルンが険しい表情を浮かべる。
「精霊の力を信じない者たちが、人の心という、最も繊細で神聖な領域を弄ぶなど……決して、許されることではありません」
「うん、人の心をぐちゃぐちゃにするなんて、サイテーだよね!」
ルナも怒ったように拳を握りしめた。
仲間たちの言葉に俺は静かに頷いた。
俺たちがこれから戦う相手は、力だけでは決して屈しない。そのことを改めて肝に銘じた。
旅を始めてから数日後。
俺たちはロルディア領を抜け、広大な中央平原に差しかかっていた。
そして、その風景が、にわかにその様相を変え始めた。
「……なんだ、これは」
セリスが足を止めて呟いた。
周囲の木々が、まるで定規で測ったかのように、等間隔に、そして完璧な螺旋を描くように生えている。地面の石は不自然なまでに滑らかで、川の流れですら人工的に設計されたかのように、緩やかなカーブを描いていた。
「……都市の結界の影響だ」
カズエルが重々しく言った。
「アーカイメリアは、その強大な理式魔術で、周囲一帯の自然法則にすら干渉している。秩序と調和。それが、奴らの掲げる表向きの理想だからな」
だが、その完璧すぎる秩序は、どこか生命力を感じさせず、かえって不気味だった。
やがて俺たちは丘を越えた。
そして、その先に広がる光景に息を呑んだ。
霧の晴れ間、巨大な盆地の中心に、白亜の都市が静かに鎮座していた。
天を突くほどに高い、いくつもの象牙の塔。塔と塔の間を結ぶ、水晶のように透き通った橋。そして、都市全体が、まるで巨大な精密機械のように、寸分の狂いもなく設計されている。
それは、あまりにも美しく、そして、あまりにも人間離れした光景だった。
「……あれが」
誰かが、ごくりと喉を鳴らす。
「ああ」とカズエルが言った。
「学術都市、アーカイメリア。世界の叡智が集う場所。そして……」
彼は、その白亜の塔々を冷たい目で見据えた。
「俺たちがこれから戦う、偽りの叡智の巣窟だ」




