第193話 六人の誓い
カズエルの告白が終わり、談話室は重い沈黙に包まれた。
自分たちの存在そのものが、巨大な悪意の駒として、この世界に配置されていたのかもしれない。その事実は、これまでのどんな戦いよりも、俺たちの心を冷たく、そして重くさせた。
最初にその静寂を破ったのは、レオナルドだった。
彼は手入れの行き届いた双剣の柄を、ギリ、と強く握りしめる。
「……つまり、敵は魔王でも、暴君でもない。知に溺れた狂信者の集団だというわけか。標的は明確だな」
その声には怒りよりも、戦士としての純粋な闘志が宿っていた。
「ええ」とセリスも、凛とした声で続く。
「彼らは知の探求という最も尊い行いを、世界を弄ぶための道具へと貶めた。《百閃》の名にかけて、この剣でその偽りを断ちます」
「人の心を操り、偽りの争いを生み出すなど……それは、精霊たちとの共存を願う、私たちの理念とは決して相容れません」
エルンの瞳にも、迷いのない強い意志の光が灯っていた。
「うん! 嘆きの谷で、みんなすごく苦しそうだった! あんなふうに、人の心をぐちゃぐちゃにする奴らは、ルナがやっつけてやるんだから!」
ルナが小さな拳を固めて宣言する。
仲間たちの言葉を聞きながら、俺はカズエルへと視線を向けた。
「……お前、ずっと一人で、その重荷を背負ってきたのか」
「まあな」と彼は、ほんの少しだけ、昔の松尾のような、照れくさそうな笑みを浮かべた。
「だが、もう一人じゃない」
その言葉に俺はゆっくりと立ち上がった。
心の中の迷いや戸惑いは、もうない。進むべき道は、ただ一つ。
「決まりだな。俺たちの次の目的地は、学術都市アーカイメリアだ」
俺が宣言すると、仲間たち全員が力強く頷いた。
「俺たちは混沌の正体を暴く。そして、奴らの手で心を壊された者たちを救うための、解呪の理式を見つけ出す。……そのために、この六人の力の全てを懸ける」
それは新たな誓いだった。
森を追われた賢者。
秩序を求める理術師。
森の伝統を守る剣士。
王都に仕えた一閃の刃。
精霊と歌う癒し手。
そして、星を読む魔法キツネ。
出自も、力も、考え方も違う六人が、一つの目的のために結束した。
俺たちは互いの顔を見合わせ、誰からともなく、強く頷き合った。言葉はなくとも、その想いは確かに繋がっていた。
翌日から、俺たちはアーカイメリアへ向かうための準備を始めた。
レオナルドとセリスは、屋敷の中庭で、互いの剣を打ち合わせ、連携の精度を高めている。二人の剣技は、もはや芸術の域に達していた。
カズエルとエルンは、書庫で、理式魔術への対抗策を練っていた。精霊魔法と理式魔術。異なる体系の力が、今、一つの敵を前に融合しようとしている。
ルナは、旅のための保存食や薬草を、山のように買い込んできていた。その傍らには、彼女に懐いた王都の子供たちが、手伝いと称して集まっている。
俺は、そんな仲間たちの姿を見ながら、屋敷のバルコニーで、静かに自分の内なる力と向き合っていた。
エルドレアの死、カイランの沈黙と引き換えに得た、この闇の力。
今はまだ、その使い方も、その意味もわからない。
だが、いつか必ず、この力もまた、仲間を守るための刃となる。
俺は、これから始まる戦いを予感していた。
知の殿堂の仮面を被った、偽りの叡智との対決。
その先に何が待っていようとも、この仲間たちと一緒なら、俺はもう、何も恐れない。




