第19話 長老への報告
薬草庫の問題を解決し、一息ついた俺たちは、長老エルドレアに報告をするために彼の住居へと向かっていた。俺の腕の中では、すっかり安心しきったルナが満足そうに尻尾を揺らしている。道中、すれ違う村人たちの視線が、以前よりも和らいでいるのを感じた。
「この一件、エルドレア様に報告しなければなりませんね」
ライルがそう言うと、隣を歩くエルンも頷いた。
「ええ。カインがいなければ、薬草庫の犯人が魔法キツネだったとは気づけなかったでしょう。それに、ただ追い払うのではなく、ルナの傷を治して仲間として迎えるとは……正直、驚きました」
「まあ、ただの盗賊ってわけじゃなかったからな。何か事情があると思ったんだ」
俺はルナの頭を軽く撫でる。ルナは嬉しそうに目を細め、喉を鳴らした。
エルドレアの住居は、里の中でも一際古い、威厳のある佇まいだった。報告へ向かうと、彼は解決の報をすでに察していたかのように、俺たちを静かに待ち受けていた。彼は椅子に深く腰掛けながら、興味深げに俺たちを見つめている。
「薬草庫の件、解決したようだな」
「はい。犯人は魔法キツネでしたが、ただの盗みではありませんでした。傷ついていたため、治療のために薬草を必要としていたのです」
エルドレアは眉をわずかに上げた。
「ふむ……それで、その魔法キツネとやらはどうした?」
「ここにいます」
俺はルナを腕に抱き上げて見せると、ルナはエルドレアに向かって軽く鼻を鳴らした。その仕草はまるで挨拶をするかのようだった。
「……珍しいな。魔法キツネは警戒心が強く、人に懐くことは少ないと聞くが」
「ルナは賢いんです。それに、自分を助けてくれた者を、ちゃんと理解しています」
エルドレアはじっとルナを見つめ、しばらく考え込んだ。その沈黙は、俺の行動を吟味しているようだった。やがて、彼はゆっくりと頷く。
「なるほどな。森のものを盗んだ獣に、慈悲をかけたか。普通ならば、愚かな感傷だと断じるところだ。……だが、結果として問題は解決し、新たな争いも生まれなかった。貴殿のやり方は、我らの常識とは異なるが……一つの答えではあるのだろう」
彼の言葉に、俺は軽く息をついた。どうやら、俺のやり方を受け入れてくれたらしい。
「ありがとうございます。これからも、この森のためにできることを考えます」
「ふむ、ならば、お前に次の試練を与えよう」
「試練……?」
「そうだ。民の悩みを一つ解決しただけでは、まだ足りん。貴殿には、このエルフェンリートの森そのものと向き合ってもらう必要がある。森の掟と歴史を学び、それを守る力を示してもらわねばならん」
俺はその言葉を静かに噛み締めた。これは、俺がこの森の一員として生きる覚悟を問われているのだ。
「わかりました。俺はこの森で生きる。その覚悟を次の試練で示します」
エルドレアの目が、鋭く、しかしどこか満足げに光った。
「よかろう。では、明朝、アクレアの森へ向かう準備をせよ。そこが、次なる試練の舞台だ」
こうして、俺の「第三段階」の試練は、新たな局面を迎えようとしていた。
住居を出た後、俺は思わず肩をすくめ、天を仰いだ。
「……試練、試練って、こっち(異世界)へ来てから、試練ばっかりじゃないか?」
転生前の俺は、社会に必要とされていなかった。それが今では、こんなにも多くの試練を与えられ、期待されている。
「仕方ないですよ」
エルンが隣でくすりと笑う。
「エルフの社会では、信用を得るには試練を乗り越え続けるしかないのです」
「ったく、エルフってのは本当に試練好きな種族だな……」
そうぼやきながらも、俺は心のどこかで、次なる挑戦にわくわくしている自分を感じていた。




