第189話 再会と報告
王都に与えられた屋敷の重厚な扉。
俺が意を決して手を伸ばし、その扉を叩こうとした、まさにその瞬間だった。
扉が内側から静かに開かれた。
そこに立っていたのは、セリスだった。彼女は俺たちの姿を認めると、驚きにわずかに目を見開いたが、すぐにその表情は安堵と、そして再会の喜びに変わった。
「カイン殿……! 皆様も、ご無事で……!」
「ああ、ただいま。セリス」
「おかえりなさい、カイン殿。お待ちしておりました」
彼女の凛とした声には確かな温かみが宿っていた。
「おー、ようやく帰ってきたか。ずいぶん長旅だったじゃないか。魔族領の土産話、期待してるぜ?」
屋敷の奥から、聞き慣れた声と共にカズエルがひょっこりと顔を出した。その軽口を叩く様子は、元の世界の親友・松尾そのものだった。
「カズエル! セリス! ただいまー!」
ルナが二人に駆け寄り、再会を喜ぶ。
俺は、その後ろに控えていたレオナルドを改めて二人に紹介した。
「こちらはレオナルド・ヴァルディス。俺たちの仲間だ」
「……レオナルドだ。カインの剣の隣で、森の民として共に戦うと決めた」
レオナルドの簡潔な自己紹介に、セリスは深く一礼し、カズエルは「よろしくな」と興味深げに彼を見つめた。二つのパーティが一つになり、新たな仲間との絆が結ばれた瞬間だった。
屋敷の談話室。暖炉の火が静かに揺れる中、俺たちはテーブルを囲んでいた。
再会の挨拶もそこそこに、俺はすぐに本題を切り出した。魔族領での出来事、そして、マルヴェスから得た情報を仲間たちに共有するためだ。
俺は、静かで、しかし無関心な「灰の集落」の様子から語り始めた。俺が抱いていた魔族への偏見が、いかに浅はかなものであったか。そして、「嘆きの谷」で見た、理由なき憎悪に駆られた魔族たちの悲劇的な争いの様を。
「……彼らは何者かによって心を『熱病』に侵されていた。そして、その元凶となっていた二人を無力化したが……」
俺は、そこで一度言葉を切った。
「精神操作は解けなかった。俺たちの力では彼らを救うことはできなかったんだ」
俺の言葉にセリスは息を呑み、カズエルの表情が険しくなる。
そして俺は、最後の、そして最も重要な情報を告げた。
「その精神操作の術式を分析した者がいる。吸血鬼マルヴェスだ。……奴によれば、あの術式は――『学術都市アーカイメリアの神官どもが使う、古いものだ』、と」
室内が、シンと静まり返った。
セリスが信じられないというように呟く。
「学術都市……? ですが、あそこは世界の知の頂点に立つ、中立の聖域のはず……」
「聖域、ね」
カズエルが冷ややかに言った。
「光が強ければ影もまた濃くなる。アーカイメリアほど、その言葉が似合う場所はない」
彼は静かに立ち上がり、窓の外を見つめながら語り始めた。
「俺がいた頃から、その兆候はあった。都市の理念である『世界の理の探求』から逸脱し、禁断の知識に手を染める者たちがいたんだ。彼らは人の心や魂すらも、ただの術式の構成要素としか見ていない。……俺が気づいたのは、彼らが『混沌』――つまり、世界の法則そのものを意図的に乱すことで、何かを成そうとしていることだけだ」
「たしか、俺たちがいた世界では、グレーの魔女って呼ばれてたよな?竹内」
カズエルは日本語でぼそりと呟いた。
「え?……あ、あぁ!あの島の話に出てきた魔女……か」
俺はカズエルの言葉に頷いた。マルヴェスの言葉とカズエルの経験が、一つの答えを導き出す。
俺たちが追うべき敵はアーカイメリアの内部にいる。
「どうやら、俺たちの次の目的地は決まったようだな」
俺が言うと、仲間たち全員が力強い眼差しで俺を見返した。
王都での束の間の休息は終わりを告げた。
本当の敵の輪郭を掴んだ今、俺たちの足は自ずと次なる戦いの舞台へと向かっていた。
目指すは知の殿堂の仮面を被った、偽りの叡智が巣食う場所。
学術都市アーカイメリアだ。




