第13話 長老の試問
エルドレアと名乗った長老の鋭い視線が、俺の内側まで見透かすように注がれる。その瞳には、何百年という時を生きてきた者だけが持つ、揺るぎない重みがあった。
「貴殿が賢者の候補者であることは、古の試練が証明した。だが、それは力と知識の証明にすぎん。我ら長老会が真に問うのは、その力を民のために正しく使えるか、その心だ。賢者とは、森の民に寄り添い、その暮らしを守る者であらねばならん」
彼の声は低く落ち着いていたが、その言葉の裏には俺を試す意図が明確に感じられた。
「見極めるってのは、どういう方法でやるんだ?」
俺が率直に尋ねると、エルドレアは杖を軽く地面に突き立てた。
「言葉だけでは信用はできぬ。次は実際に行動で見せてもらおう」
彼の言葉とともに、集まっていたエルフたちの中から、一人の若いエルフの男性が俯きながら前に出てきた。その肩は力なく落ち、深い悩みを抱えていることが一目で分かった。
「この集落の住人、ライルが問題を抱えている。この者の悩みを解決し、貴殿が賢者として民に寄り添える者か、我々に示してみせよ」
俺は内心で息をついた。これは魔法の力だけでなく、観察眼や問題解決能力が問われる試練だ。現代日本で培った経験が、少しは役に立つかもしれない。
「わかった。その問題を抱えている者とは、彼のことだな。ライル、話を聞かせてくれるか?」
俺が声をかけると、ライルはすがるような目で顔を上げ、助けを求めるように口を開いた。
「……賢者の候補者様。実は、村で管理している薬草庫が、ここ最近何者かに荒らされ、貴重な薬草が失われているのです。特に、解熱や傷の治療に使う『陽光花』ばかりが狙われて……。このままでは、冬を前に村の薬が足りなくなってしまいます。誰の仕業かもわからず、皆、困惑しているのです」
「薬草庫が荒らされている……?」
それは単なる盗難事件なのか、それとも何か別の問題が絡んでいるのか。俺はライルと共に、問題の薬草庫へ向かうことにした。
エルフの信頼を得るための、最初の実践的な試練が始まる。
薬草庫は集落の外れにあり、苔むした石と木で造られた、頑丈そうな倉庫だった。扉にはしっかりとした錠前がかかっているが、近づくと薬草の心地よい香りに混じって、微かに獣のような野性的な匂いがする。
「ここです。中を見ていただけますか」
ライルが鍵を開け、俺たちは中へと入った。棚には乾燥させた薬草が種類ごとに並んでいるが、その一部が無残に食い荒らされ、床には土と混じった奇妙な足跡が残っていた。
「これは……確かに、ただの盗人の仕業じゃないな」
俺は屈み込み、足跡を指でなぞる。
「エルフや人間のものとは違う。爪の跡が見える。それに、この足跡の残り方……夜の湿った時間帯に侵入している可能性が高い」
「では、夜に見張りをすれば……?」
ライルが期待を込めて尋ねる。
「ああ。だが、ただ待つだけじゃ芸がない」
俺は立ち上がり、ライルに提案した。
「罠を仕掛けて、相手が何者なのかを確実に突き止めよう。音で知らせる簡単なものと、足止め用のものをいくつか。相手を傷つけずに、正体を見極めるのが目的だ」
俺の提案に、ライルは少し驚いたようだった。エルフたちは、もっと魔法や精霊の力に頼るものだと思っていたのかもしれない。だが、この現実的なアプローチに、彼はすぐに納得したように力強く頷いた。
「わかりました。では、今夜、我々と共に見張っていただけますか?」
「もちろんだ。原因がわからない限り、解決策は見えてこないからな」
こうして、俺たちは夜の見張りの準備を整え、薬草庫に潜む未知の存在を突き止めることになった。
夜が更け、試練の本当の幕が静かに上がろうとしていた。




