第102話 穏やかな日々と、新たなざわめき
あの日から数日が過ぎた。
俺の体力もすっかり回復し、フェルシアの里にはいつもの穏やかな日常が戻っていた。
エルンはリゼリアの仕事を手伝い、ルナは里の子どもたちと元気に駆け回っている。ゼノヴィアに囚われていた時の暗い影は、もうどこにも見られない。だが、ふたりの中には確かな変化が生まれていた。
「カイン、今日の見回りは私とルナで行ってきます。あなたはまだ無理をしないで、ここでゆっくりしていてください」
朝、俺が薪割りをしていると、エルンがそう声をかけてきた。その手には、グレンダに作ってもらった短剣が握られている。
「私も、カインを守れるくらい、もっと強くならないとね!」
ルナも小さな木の剣を振り回し、気合十分に宣言する。俺に守られた経験が、彼女たちの自立心と強さへの渇望を、より一層掻き立てたようだった。
「……ああ。頼りにしてる」
俺は苦笑しつつも、その成長が頼もしく、そして嬉しかった。
仲間たちがそれぞれの時間を過ごす中、俺は自分の力の使い方について深く考えていた。カイランの警告は今も重く胸に残っている。魂を削るような無茶な戦い方は、もうできない。
(カイランの記憶に頼るだけじゃなく、俺自身の力として、魔法を確立させなければ……)
そんなことを考えながら、里の水路の補修を手伝っていた、その時だった。
「……ん?」
俺が展開した水の魔法《水精の環流》が、不意に揺らいだ。魔力の流れが、一瞬だけ別の方向に引かれたような、奇妙な違和感。
広場の方に目をやると、エルンも風の魔法を試しながら、不思議そうに首を傾げていた。
「どうした、エルン?」
「いえ……また、精霊たちの反応が少し鈍いような気がして。この前の、ゼノヴィアが現れる前と少し似ています」
その言葉に、俺の胸がざわついた。まさか、また何かが――。
その日の午後、リゼリアが俺の家を訪ねてきた。その表情は普段の落ち着きとは裏腹に、どこか険しい。
「カイン、少しお話があります」
彼女が語ったのは、この里だけでなく、周辺の地域一帯で、魔法の不発や魔力循環の異常が観測され始めているという報告だった。
「これは、ゼノヴィアのような個別の魔族による精神干渉とは異なります。もっと根源的な……世界の『理』そのものが、歪み始めているのかもしれません」
「理が、歪む……?」
「ええ。そして……」
リゼリアは一呼吸置いて、続けた。
「この現象を調査しているという、旅の神官がいるという情報を、近隣の集落から得ました。なんでも、非常に高度な観測術式を使うらしく、近いうちにこのフェルシアの里へも情報交換に立ち寄るとのことです」
謎の神官。理の歪み。
ようやく手に入れた平穏の裏で、世界はまた新たなざわめきを始めていた。
「……どんな相手か分からないが、会ってみる価値はありそうだな」
俺は、仲間たちのいる広場に目を向けた。あの日々を守るためなら、どんな問題であろうと、俺は立ち向かう。
新たな出会いを予感しながら、俺は静かに決意を固めるのだった。




