第101話 灯火のそばで
「……カ、イン……?」
か細い、けれど確かな声だった。
光の奔流が収まった静寂の中、俺はゆっくりと顔を上げた。目の前で、ルナが薄く目を開け、俺の姿をその潤んだ瞳に映していた。
「……よかった」
言葉になったのは、ただそれだけだった。全身の力が抜け、俺はそのまま床に座り込みそうになる。
「カイン……あなたの声が……聞こえた……」
隣でエルンも、ゆっくりと身を起こしていた。彼女の頬を一筋の涙が伝う。夢の呪縛から解き放たれた安堵と、俺が無事でいることへの喜びが、その表情に浮かんでいた。
「ごめん……遅くなった」
「ううん……」
ルナが弱々しく首を振る。
「ちゃんと、迎えに来てくれた。独りじゃなかった……」
その言葉に、張り詰めていたものが、ぷつりと切れた。俺はふたりの手を強く握りしめた。温かかった。確かな命の温もりが、そこにあった。
そのときだった。頭の奥で、静かだが厳しい声が響いた。
『……無茶な術だ』
カイランの声だった。
『今の光は、お前の魂そのものを代償にした。その反動は大きい。二度と安易に使うな。次はないと思え』
その言葉と同時に俺の身体を凄まじい疲労感が襲った。魔力切れとは質の違う、魂が削られたような虚脱感。視界が白み、呼吸が浅くなる。
「カイン!? しっかりして!」
エルンの悲鳴のような声が遠くに聞こえる。俺は、ふたりが無事であることだけを胸に、そのまま意識を手放した。
次に目を覚ました時、俺は自室のベッドに寝かされていた。窓の外はすでに夕暮れに染まっている。
「……目が覚めましたか」
枕元にはリゼリアが座っていた。その表情には、深い安堵と、わずかな叱責の色が浮かんでいる。
「丸一日、眠り続けていたのですよ。あなたの魔力、いえ、生命力そのものが極限まで消耗していました。一体、どんな魔法を使ったのですか?」
「……仲間を、助けたかっただけです」
「その代償に、あなたが倒れては意味がありません」
リゼリアの言葉は厳しかったが、その手は俺の額の汗を優しく拭ってくれた。
「エルンとルナは、もうすっかり元気です。今は、あなたのための食事を用意してくれていますよ」
部屋の扉がそっと開かれ、お盆を持ったエルンとルナが入ってきた。
「カイン! よかった……!」
ふたりはベッドに駆け寄り、俺の顔を覗き込む。その目には、もう闇の影はなかった。
「あなたが死んでしまいそうで……心臓が止まるかと思ったわ。でも、ありがとう。本当に」
「うん! カインが助けてくれたから、ルナ、またカインのそばにいられる!」
差し出された温かいスープを、俺はゆっくりと口に運んだ。疲弊した体に、優しい味が染み渡っていく。
失いかけて、そして取り戻した日常。
その温かさを噛みしめながら、俺は静かに心に誓った。この灯火を、二度と消させはしない、と。
 




